氷の王子は私に優しくしてくれます


 本番当日、空は快晴で雲一つなく、絶好の体育祭日和となった…のだが

 「あっつー。こんな日に限って今年入って一の暑さとか信じられない!」

 私の車椅子を押す佳奈がぼやいた。

 「ほんとだね」

 今日の私はいつもしているひざ掛けを家に置いてきた。

 さすがに暑すぎてそんなものしていられない。

 奈々ちゃんの姿が見えないからどうしたのかと思っていると、佳奈が軍団旗を取りに行っていると教えてくれた。

 「瑞葉、日焼け止め塗った?」

 「うん、家に来る前にやってきたよ」

 「だよねー。今日で絶対焼けそう」

 部活でも焼けるのにーと佳奈は半分諦めたような声を出した。

 確かにこの天気、しょっちゅう塗り直さないと焼けて大変なことになりそう。

 「あ、南雲先輩」

 グラウンドが見えると、中心でいつも通りの集団ができていた。

 入学式の時こそ驚いたが、今ではもう当たり前になってしまった。

 南雲先輩とは連絡先を交換した後、特に何も連絡しないまま。

 変わったことと言えばすれ違えば挨拶するようになったくらいだろうか。

 「相変わらずすごい人気。ただでさえ暑いのにあそこはまた何度か温度上がってそう…」

 佳奈の言葉に苦笑いを浮かべた。

 先輩も大変だ。

 続々と生徒が集まり、予定通りに開会式が始まった。

 体育祭で校長先生も気持ちが上がってあるのか、いつもよりも話が長くてげんなりしている生徒が多い中、ふと先輩が目に入った。

 綺麗に背筋を伸ばし、暑さを感じさせないような爽やかさが、そこの空気だけ違うような錯覚を起こした。

 開会式が終わるとすぐに競技に移る。

 短距離、障害物、大縄。

 どんどん競技が進んでいき、あっとう間に私たちの出番になった。

 「瑞葉ちゃん、頑張ろう」
 
 「うん!よろしくね奈々ちゃん」

 二人でタッチを交わし、スタートラインに出る。

 「位置について、よーい」

 バンッというピストルの音と共にスタートする。

 私が机の上のお代を引いて奈々ちゃんに見せる。

 『髪を染めている人』

 二人で顔を見合わせた。

 これ、借り物じゃなくて借り人じゃない?

 とはいえそんなこと質問している暇もなく、早く探さなくてはならない。

 「奈々ちゃん髪染めてる知り合いいない?」

 「私の知り合い皆染めてないんだよ。瑞葉ちゃんは?」

 そう聞かれて考える。

 佳奈は部活の方針で髪染めるの禁止だし、あとは… 

 私の中で一人頭に浮かんだ。
 
 特別親しいわけじゃない。

 連絡先は分かるけど挨拶をする程度の関係。

 助けて、くれるかな?

 少しの希望を持って応援席の方に目を向ける。 
 
 彼を探すのは難しくない。

 実際人が群がっているところに彼を見つけた。

 話しかける人は完全無視。

 つまらなそうにグラウンドを見つめる彼の姿を見つけた。

 四チームスタートしたうちのニチームは既にゴールしている。

 迷ってる暇はない。

 「奈々ちゃん、南雲先輩のところに行ってくれる?」

 「えっ!?」

 「お願い」

 驚きの声をあげた奈々ちゃんだったけど、私が真面目な顔でお願いすると、わかったと走り出した。

 「南雲先輩」

 三年生の応援席につき、私は声を上げた。

 先輩だけでなく、周りにいた女の子達も一斉にこちらを向いた。
 
 「お願い、出来ませんか?」

 南雲先輩に紙を見せた。

 その途端、周りの女の子達が嫌な顔をする。

 「何言ってんの?南雲くんが行くわけないでしょ?」
 
 「そうよ。一年だから分からないかもしれないけど、南雲くん、そういうの出たこと一回もないんだから」

 周りがいう中、当の本人は真っ直ぐに私を見つめていた。

 「瑞葉ちゃん、他の人当たろう?」

 奈々ちゃんがコソッと耳打ちをした。

 どんどんヒートアップする周りの声。

 先輩も何も言ってくれないってことは無理ってことだよね。

 そう思ってうんと頷きかけた時だった。

 「周りがうるさく勝手に言ってんじゃねぇよ」

 女の子達を黙らせ、南雲先輩は立ち上がった。

 そしてそのまま私のもとまで来ると、私に手を差し出した。

 「行くぞ、香坂」

 先輩の声に、私は先輩の手を取った。

 奈々ちゃんは驚いたようだったが、先輩が頷き、その直後走り出した。

 ぐんぐんスピードが上がり、そのままゴールテープを切った。

 「先輩、ありがとうございました」

 「ありがとうございました」

 私と奈々ちゃんでお礼を言う。

 結局最下位でのゴールだったけど、先輩のおかげでゴールできた。
 
 体育祭を諦めていた私からしたら、それだけでもすごく嬉しかった。

 「…っ…!」

 さげた頭をあげた私達は息を呑んだ。

 「いや、楽しかった。ありがとな、呼んでくれて」

 そう言った先輩は優しく微笑んでいた。

 初めて見る、先輩の笑顔だった。