氷の王子は私に優しくしてくれます



 「入学式晴れてよかったねー」

 高校までの桜並木を歩きながら、親友の寺田佳奈が言った。

 風に舞う桜吹雪が、私のひざ掛けにひらひらと落ちる。

 「そうだね」

 見上げると、空の青と桜のほのかなピンクが綺麗だった。

 いつもより歩くペースがゆっくりだから、佳奈も桜を見ているのかもしれない。

 「佳奈、疲れない?私、自分でもできるよ?」

 「平気平気。瑞葉は軽いから。それに、私がやりたいの」

 会話をする私たちに、とろどころから視線を感じる。

 嫌悪、好奇心、嘲笑。

 全てが私に向けられていた。

 「…ごめん…」

 自分の足をじっと見つめる。

 ちゃんとあるのに、動くのに、動けない。

 佳奈が車椅子を道の端に止めた。

 後ろから回ってきて、私の前でしゃがみ、目線を合わせた。

 「もう、瑞葉は何回そうやって謝るの?」

 私は俯いた。

 私がこうならなければ、佳奈まで変な視線を向けられる必要はなかった。

 行けるところだって限られてしまうし、手伝いが必要になる時だってある。

 佳奈に負担をかけることに、どうしても罪悪感がある。

 「いい?瑞葉。言いたいやつには言わせておけばいいの。どうせろくでもないヤツらだから」

 「でも、佳奈まで変な目で見られるのは嫌だよ」

 「それについては、何回も話し合ったでしょ?覚えてないの?」

 私がこうなってしまってから、何度も何度も佳奈と話した。

 自分は、瑞葉と一緒にいたい。

 友達なら助け合えばいい。

 周りの目なんか、二人でいれば大丈夫。

 私が不安になるたび、佳奈は私に言ってくれた。

 忘れるわけがない。

 私は首を振った。

 「じゃあこの話はおしまい!これから高校生活が始まるんだから、暗い顔しないの。次言ったら、もうクッキーは焼いてあげないんだから」

 「えー、それはないよー」

 家がケーキ屋の佳奈が作るクッキーはどこの店よりも美味しい。

 二人で笑い合った後、佳奈は私の後ろに回り、ゆっくりと車椅子を押した。

 校門に入ると、制服姿の人で溢れていた。

 皆が笑顔で、写真を撮ったり、楽しそうに談笑したりしている。

 そんな中、ひときわ目立つ集団に目がいった。

 その中心にいる、他の人より頭一つでた男性に目が止まった。

 二重の切れ長の目、小さい顔、筋の通った鼻。

 シルバーに染められた髪は太陽に当たってきらきらと輝いている。

 誰が見ても口を揃えて言うほど、綺麗で、美しい顔立ちをしていた。

 「なるほど、あれが噂の氷の王子か」

 納得したように佳奈が言う。

 「氷の王子?なに?それ」

 「え、瑞葉知らないの?皆知ってるのに」

 佳奈の言葉にコクっと頷く。

 そんなに有名なの?

 「彼は三年の南雲月玖先輩。入学生、女子が多いでしょ?ほとんどがあの先輩狙い」

 あたりを見回すと、確かに男子よりも女子が目に付く。

 そして、その誰もが先輩に目を奪われていた。

 「でもね、あの先輩、すごく冷たいらしいよ。無視するし、告白した子も容赦なく切り捨てるんだとか」

 「それで、氷…」

 無表情で、誰の話も聞いていない。

 この場にいたくない。

 そう言っているようにも見える。

 「あ…」

 一瞬、パチっと目が合った気がした。

 でもすぐに逸らされて、周りにいた人達を置いてどこかへ行ってしまった。

 残念そうな声が聞こえてくる。

 「瑞葉、クラスが張り出されてるみたいだから行こっか」

 佳奈は氷の王子に興味はないらしく、紙が張り出されたボードを指さしている。

 「うん、そうだね」

 綺麗な人だったな。

 ほんの少し見ただけで、こんなに心をつかまれたのは初めてだった。

 また会えるかな…。

 話せなくてもいい、もう一度姿を見たい。

 そんなふうに思ったのだった。