___数年後
聞き慣れた言語にほっと胸をなで下ろし、久しぶりの母国の空気を私は思いきり吸い込んだ。
高校を卒業して四年。
私は卒業と同時に海外へと海を渡った。
国際的な勉強をするため。…というのは表向きの理由で、実際はより高度な医療を受けるためだった。
先輩と付き合ってから色々なところに出かけた。
でも、私の身体では行けるところはどうしても限られてきて、遠出もなかなか難しかった。
先輩ともっと色んな景色をみたい。
そう思った私は家族を説得した。
先輩は今日帰ってくることを知らない。
サプライズにしたかったからだ。
「瑞葉、緊張してる?」
家族とは先ほど別れ、空港に迎えに来てくれていた佳奈が聞く。
「ちょっとね」
奈々は仕事があるからとどうしても来れなかったけど、先輩を待ち合わせ場所に誘い出してくれていると佳奈がさっき言っていた。
本当はちょっとどころの緊張ではない。
毎日連絡は取っていたけど、会うのは四年ぶり。
緊張しないわけがない。
タクシーに乗り、待ち合わせ場所から少し離れたところで降りる。
タクシーから車椅子を降ろして、佳奈に手伝ってもらって乗った。
車椅子に乗るのはこれで最後。
「私がこうやって車椅子を押すことはもうないね」
佳奈の言葉に私は頷いた。
「佳奈、今までたくさんありがとう」
佳奈にはたくさん助けられた。
落ち込んだとき、佳奈はいつだって私のそばにいてくれた。
「もう、泣いちゃうからやめてよね」
佳奈の声が少し鼻声だ。
私も涙が出そうになるけど、これから先輩に会わないといけないからと何とかこらえる。
曲がり角の直前、佳奈が立ち止まった。
「この先に先輩がいるから」
私は頷いた。いよいよだ。
「ここから先は瑞葉が一人で行きな。私はここで待ってるから」
私は大きく呼吸をして分かったと頷いた。
佳奈が私の後ろに行き、そっと私の肩を叩いた。
私は佳奈に頷き、そのまま角を曲がった。
四年ぶりの大きな背中が少し遠くに見える。
場所は赤い屋根のカフェ。
先輩と初めてお昼を共に、先輩の優しさに触れたあの場所だった。
そのカフェのテラス席に先輩は座っていた。
ゆっくりと近づき、私の声が聞こえる距離になったとき、私は胸に手を当てて息を吸い込む。
「…月玖、先輩」
文面で何度も書いた下の名前。
声にだしたのは初めてだった。
カップを口に運んでいた手が止まり、先輩がゆっくり振り向く。
「…瑞葉…」
先輩が大きく目を見開く。
サプライズは成功かな。
先輩が私に近づいてくる。
私は手で先輩を止めた。
車椅子のタイヤにロックをかけ、肘置きに手をかけてゆっくりと立ち上がる。
ふぅ、と息を吐いてゆっくりと一歩、二歩と歩みを進め、先輩のもとへと向かう。
先輩の口元が歪んだ。
もう少し、もう少し…
「あっ…」
あと二歩のところでバランスを崩した。
そんな私を先輩が優しく抱きとめる。
先輩は私の肩におでこを当てて小刻みに震えていた。
「おかしいな…練習ではちゃんとできたんできたのにな」
先輩の目が私をとらえた。
その目は潤んでいて、口元は嬉しそうに弧を描いている
「瑞葉…頑張ったんだな」
その言葉に、視界が潤んだ。
「先輩、私、これから先輩と色んなとこいけます。先輩といっぱい、思い出が作りたいです」
先輩の腕に力がこもった。
ずっと触れたかった、ずっとこうしたかった。
私も先輩を抱きしめた。
しばらく抱きしめあったあと、私は先輩から離れ、一人で立った。
私の頬を先輩が親指で優しく撫でる。
「瑞葉、おかえり」
先輩が胸ポケットから小さい箱を取り出した。
なにが入っているかなんて、聞かなくても分かる。
「瑞葉がいつ帰ってきてもいいように、いつも持ち歩いてた」
先輩がゆっくり蓋を開けるとシルバーのリングが日の光を浴びて輝いた。
「これからも、ずっと一緒にいて欲しい」
これから言われる言葉、この瞬間、全部目に焼き付けたいのに、目を覆う水滴がそれを邪魔する。
「結婚しよう」
先輩の言葉がスッと胸に入ってくる。
先輩の優しさが、私をいつも助けてくれた。
冷たい言葉を浴びせる人がたくさんいる中で、先輩は手を伸ばしてくれた。
私も、先輩と一緒に…
「…はいっ」
先輩が選んでくれたリングが、先輩の手で私の左手の薬指にピッタリとはまった。
「おぉー!」
店の中からお客さん達が拍手をしている。
いつの間にか沢山の人に見られていたらしい。
恥ずかしくて仕方ないけど、私を見つめる先輩の顔が幸せそうに笑っているから別にいっか。
「瑞葉、愛している」
「私も、愛しています」
駅のホームで返せなかった愛の言葉が、今回はすんなりとでてきた。
あの時よりも気持ちが大きくなっている。
きっとこれからもこの思いは大きくなり続けるだろう。
私達は見つめ合い、笑い合うと、ゆっくりと口付けを交わした。
新しい関係がこれから始まる。
先輩後輩でも、カップルでもない、人生を共にするパートナーとして。
私はこの人ただ一人を愛し続ける。
薄暗くなった空に、白い満月が祝福するかのように綺麗に輝いていた。
聞き慣れた言語にほっと胸をなで下ろし、久しぶりの母国の空気を私は思いきり吸い込んだ。
高校を卒業して四年。
私は卒業と同時に海外へと海を渡った。
国際的な勉強をするため。…というのは表向きの理由で、実際はより高度な医療を受けるためだった。
先輩と付き合ってから色々なところに出かけた。
でも、私の身体では行けるところはどうしても限られてきて、遠出もなかなか難しかった。
先輩ともっと色んな景色をみたい。
そう思った私は家族を説得した。
先輩は今日帰ってくることを知らない。
サプライズにしたかったからだ。
「瑞葉、緊張してる?」
家族とは先ほど別れ、空港に迎えに来てくれていた佳奈が聞く。
「ちょっとね」
奈々は仕事があるからとどうしても来れなかったけど、先輩を待ち合わせ場所に誘い出してくれていると佳奈がさっき言っていた。
本当はちょっとどころの緊張ではない。
毎日連絡は取っていたけど、会うのは四年ぶり。
緊張しないわけがない。
タクシーに乗り、待ち合わせ場所から少し離れたところで降りる。
タクシーから車椅子を降ろして、佳奈に手伝ってもらって乗った。
車椅子に乗るのはこれで最後。
「私がこうやって車椅子を押すことはもうないね」
佳奈の言葉に私は頷いた。
「佳奈、今までたくさんありがとう」
佳奈にはたくさん助けられた。
落ち込んだとき、佳奈はいつだって私のそばにいてくれた。
「もう、泣いちゃうからやめてよね」
佳奈の声が少し鼻声だ。
私も涙が出そうになるけど、これから先輩に会わないといけないからと何とかこらえる。
曲がり角の直前、佳奈が立ち止まった。
「この先に先輩がいるから」
私は頷いた。いよいよだ。
「ここから先は瑞葉が一人で行きな。私はここで待ってるから」
私は大きく呼吸をして分かったと頷いた。
佳奈が私の後ろに行き、そっと私の肩を叩いた。
私は佳奈に頷き、そのまま角を曲がった。
四年ぶりの大きな背中が少し遠くに見える。
場所は赤い屋根のカフェ。
先輩と初めてお昼を共に、先輩の優しさに触れたあの場所だった。
そのカフェのテラス席に先輩は座っていた。
ゆっくりと近づき、私の声が聞こえる距離になったとき、私は胸に手を当てて息を吸い込む。
「…月玖、先輩」
文面で何度も書いた下の名前。
声にだしたのは初めてだった。
カップを口に運んでいた手が止まり、先輩がゆっくり振り向く。
「…瑞葉…」
先輩が大きく目を見開く。
サプライズは成功かな。
先輩が私に近づいてくる。
私は手で先輩を止めた。
車椅子のタイヤにロックをかけ、肘置きに手をかけてゆっくりと立ち上がる。
ふぅ、と息を吐いてゆっくりと一歩、二歩と歩みを進め、先輩のもとへと向かう。
先輩の口元が歪んだ。
もう少し、もう少し…
「あっ…」
あと二歩のところでバランスを崩した。
そんな私を先輩が優しく抱きとめる。
先輩は私の肩におでこを当てて小刻みに震えていた。
「おかしいな…練習ではちゃんとできたんできたのにな」
先輩の目が私をとらえた。
その目は潤んでいて、口元は嬉しそうに弧を描いている
「瑞葉…頑張ったんだな」
その言葉に、視界が潤んだ。
「先輩、私、これから先輩と色んなとこいけます。先輩といっぱい、思い出が作りたいです」
先輩の腕に力がこもった。
ずっと触れたかった、ずっとこうしたかった。
私も先輩を抱きしめた。
しばらく抱きしめあったあと、私は先輩から離れ、一人で立った。
私の頬を先輩が親指で優しく撫でる。
「瑞葉、おかえり」
先輩が胸ポケットから小さい箱を取り出した。
なにが入っているかなんて、聞かなくても分かる。
「瑞葉がいつ帰ってきてもいいように、いつも持ち歩いてた」
先輩がゆっくり蓋を開けるとシルバーのリングが日の光を浴びて輝いた。
「これからも、ずっと一緒にいて欲しい」
これから言われる言葉、この瞬間、全部目に焼き付けたいのに、目を覆う水滴がそれを邪魔する。
「結婚しよう」
先輩の言葉がスッと胸に入ってくる。
先輩の優しさが、私をいつも助けてくれた。
冷たい言葉を浴びせる人がたくさんいる中で、先輩は手を伸ばしてくれた。
私も、先輩と一緒に…
「…はいっ」
先輩が選んでくれたリングが、先輩の手で私の左手の薬指にピッタリとはまった。
「おぉー!」
店の中からお客さん達が拍手をしている。
いつの間にか沢山の人に見られていたらしい。
恥ずかしくて仕方ないけど、私を見つめる先輩の顔が幸せそうに笑っているから別にいっか。
「瑞葉、愛している」
「私も、愛しています」
駅のホームで返せなかった愛の言葉が、今回はすんなりとでてきた。
あの時よりも気持ちが大きくなっている。
きっとこれからもこの思いは大きくなり続けるだろう。
私達は見つめ合い、笑い合うと、ゆっくりと口付けを交わした。
新しい関係がこれから始まる。
先輩後輩でも、カップルでもない、人生を共にするパートナーとして。
私はこの人ただ一人を愛し続ける。
薄暗くなった空に、白い満月が祝福するかのように綺麗に輝いていた。


