氷の王子は私に優しくしてくれます


 「ねぇ、南雲くんは〜、どっちがいい?」

 あぁ…、早く帰りたい。

 俺が唯一心を許している男友達に誘われて待ち合わせに来たはいいけど女子達がいるなんて聞いてない。

 すぐ近くでスマホで地図を確認してる友人を睨む。

 いるって知っていたらこなかった。

 こいつらは香坂とは違う。

 甘ったるい香水をまとい、上目遣いで俺をみる。

 露出が多すぎる服も俺からしたら不快でしかない。

 「ねぇ〜、聞いてる?」

 ため息をついて完全無視を決め込む。

 下手に返事して調子に乗られたら面倒だ。

 香坂に会いたい。こんな奴らの香水の匂いなんて嗅いでいたらおかしくなりそうだ。

 許可なく巻き付く腕を振りほどく。

 うざい。
 
 どうして俺がこんな目に遭わないといけないんだ。

 少しでも女子が諦めてくれるようにとスマホを取り出すと、不在着信がな件も入っていた。

 相手は森奈々。中学で同じ部活だったこともありお互いの連絡先は知っているものの、連絡したことがなかったはずなのにどうしたのだろうか。

 普段なら女子の連絡は無視するのだが、どうにも気になって通知をタップした。

 一コール、二コール…

 四コール目がなろうとしているとき、電話がつながった。

 「もしもし、南雲先輩ですか?」

 相手の声はどこか焦っているようで、早口だ。

 「そうだけど。どうした?」

 隣にいた女子がつまらなそうな顔をして俺の服を引っ張ってくる。

 電話の邪魔をされたくなくて、俺は無視して距離をとった。

 「先輩、瑞葉ちゃんと一緒にいたりしないですよね?」

 「瑞葉って…香坂のことか?」

 会いたいと思っていた相手の名前が出て俺はドキッとした。

 そしてそれは、甘いものではなくなる。

 「そうです。…先輩、瑞葉ちゃんが来ないんです」

 「来ない?」

 「はい、今日は私と瑞葉ちゃんともう一人で出かけることになってて、○✕駅で待ち合わせになっていたんですけど、もう一時間過ぎてるのに来ないんです。連絡しても返信ないし…。先輩の最寄り駅、瑞葉ちゃんと同じでしたよね?」

 俺の胸が、嫌な音を立てた。

 居ても立ってもいられなくて、友人に抜けると一言言ってスマホを耳に当てたまま走り出した。

 「俺がこれからまだこっちにいないか探してみる。何かあったらまた連絡して」

 通話を終了し、香坂にかけるが、応答はない。

 まだ家をでていない可能性も考えて香坂の家に行ったけど返事はなかった。

 「…どこ行ったんだよ」

 片っ端から道を覗き込み姿を探す。

 もう二十回以上かけ続けている電話も、一度も取られることはなく、留守番電話のアナウンスに切り替わる。

 森からの連絡もないからまだ合流できてないのだろう。

 あと残るは…駅だけだな

 そう思って方向転換して駅に向かおうとした時だった。

 「え、ここってすぐそこの駅だよね?」

 信号待ちをしていたカップルの会話が耳に入った。
 
 「誰か刺されたみたいだよ。今ちょっとした騒ぎになっているみたい」

 俺は走り出した。

 嫌な想像が頭の中を駆け巡る。

 違う、香坂じゃない。そう信じたいのにもしかしたらという考えが拭いきれない。

 駅に着くと警察車両が何台も止まっていた。救急車もある。

 規制線が張られ、中に入れない。

 「ここから先は立ち入り禁止ですよ」
 
 見張りをしていた警察官に止められる。

 「刺された人は、その人は大丈夫なんですか?性別は、どんな人ですか」

 「落ち着いてください」

 「知り合いかもしれない。行かせてください」

 規制線をまたごうとしたのを肩を捕まれ止められる。

 「…っ…香坂!」

 「先輩?」

 聞きたかった声が、後ろから聞こえた。

 「なにしてるんですか?」

 振り向くと、白いレースに身を包んだ香坂が不思議そうに俺を見ている。

 「香坂…!」

 俺は香坂に駆け寄り、思いきり抱きしめた。