氷の王子は私に優しくしてくれます


 初めて彼女と目が合ったとき、その目が、あまりにも透明で、まっすぐで、思わずそらしてしまった。

 二回目に彼女を見たのはエレベーターの前だった。

 鬱陶しい女子達から逃げ、人けのないところを探して昼寝をするのが俺の日課だった。

 その日もいつものように人気がないところを探していたとき、たまたま困ったように眉を下げる彼女の姿を見つけた。

 俺が声を掛けると、彼女は驚いた顔をして、俺の名前を呼んだ。

 綺麗な声だった。

 耳にスッと入る優しい声。

 母親が介護系の仕事をしていることもあって、車椅子のことについて人より知っているつもりでいた。

 だからエレベーターのボタンが押せないのだと気付くのに時間は掛からなかった。

 おどおどする彼女を半ば強引にエレベーターに乗せてボタンを押す。

 喋るのが得意ではない俺との会話は続かず、彼女はずっと前を向いていた。

 いつも俺にたかってきゃあきゃあ騒ぐ面倒くさい生き物。

 それが俺の女という生物の味方だったのに、彼女はそんなことしなかった。

 こんな人もいるのか。その時はそうとしか思っていなかった。

 「危ないですよ!」

 なにからも解放されるような感覚になれるからと、俺はよく柵の外から街を見渡した。

 そんなときに聞こえてきた知っている、綺麗な声。

 車椅子の彼女は俺のシャツを掴んで勘違いの台詞を口にしていた。

 下心なんて感じない。本当に、純粋に心配してくれていた。

 今思えば、この時からもう、俺は恋していたのかもしれなかった。

 彼女は香坂瑞葉と名乗った。

 その響きは、綺麗な瞳を持つ彼女にぴったりだと思った。

 連絡先を交換し、なにかあったら呼ぶようにと念をおした。

 彼女の助けになりたいと思った。興味を持ったのは、彼女が初めてで、自分でも戸惑っていた。

 香坂に会えるかもしれないという希望から、夏休みに入ってからも公園の広場に毎日足を運んだ。

 連絡先を交換していても、上手く会話を続けられなくて、会いたいとだけ思っていた。

 俺の首筋にペットボトルを当てて、イタズラが成功した子供のように笑った香坂を見て、気持ちを伝えよう。そう思った。

 そのまま海に行き、帰りに話せたらと思ったけど、勇気が出ず、結局なにも言わずに分かれた。

 惨めで仕方なかった。

 自分が不甲斐なくて悲しくなった。

 俺ってこんなに女々しかったか?と空をみあげた。

 これからもチャンスはある。

 そう思っていた…。