氷の王子は私に優しくしてくれます


 ザザー、ザザー

 白い砂浜に青い海が打ちつける。

 先輩に連れられて電車に乗りやってきたのは海だった。
 
 海水浴をする人で賑わうそこは小さい時以来で懐かしさが込み上げてくる。

 「よし、行くか」

 先輩が私の車椅子を押して海までの道を歩き、砂浜に差し掛かったところで止まった。

 ここから先はいけない。

 タイヤが埋まってしまう。

 海の水にはさわれないけど、眺められるだけでもいいか。

 そう思って、海で楽しむ人たちを眺めていると、後方でゴソゴソと音がした。

 「香坂、俺が触っても平気?」

 「…!?」
 
 そう言って背後から現れた先輩は上半身何も着ていなかった。

 慌てて視線をおとし、ギュッと拳を握った。
 
 「せ、先輩…服…」

 「これから海行くのに必要ないだろ」

 あ、そっか、これから先輩は泳ぐんだ。

 「そ、そうてすよね。楽しんてきて下さい。私、ここから観てますから」

 正直早く行ってほしい。目のやり場が…

 「はぁ…で?俺が触れてもいいの?だめなの?」

 先程の質問の続きをされる。

 そんなこと聞かなくても、私は…

 「大丈夫、です…ちょっ!先輩!?」

 先輩は私を抱きかかえた。

 「な、何してるんですか!?お、降ろしてください!」

 「なんで?せっかく来たんだし、香坂も海触ればいい」

 そう言うと先輩は砂浜を歩いていく。

 顔が熱いし周りから視線を感じる。
 
 ドキドキと胸が忙しくなるけど、先輩に伝わっていないだろうか。
 
 「ほら、手伸ばしな。支えてるから」
 
 先輩が海の端まで来てしゃがんだ。

 先輩の足に波が当たっている。

 「冷たい…気持ちいいですね、先輩」
 
 久しぶりに触った海の水は、思ったよりも冷たかった。
 
 「そうか。なら、気が済むまで触るといい」
 
 「でも、私重くないですか?」

 そう問いかけると、先輩の手に力が入った。

 「重くない。だから、ずっと触っていろ」

 「…はい」

 すぐそこではしゃぐ子供たちの声が聞こえないほど、私の頭の中は先輩で一杯になってしまっている。

 私が時々先輩を見ると、先輩は私に笑いかけてくれた。

 先輩、あなたは、私をどう思ってここにつれてきてくれたんですか?

 そうやって私に笑いかけてくれるのは、どうしてですか?

 聞けなかった。聞いたら、気まずくなるのが分かっているから。

 それよりも今は、この二人きりの時間を楽しみたかった。