「ちょっと春馬!! HR始まっちゃう──っ!!」
連れて来られたのは、体育館裏にある木の下。
校舎から死角になるそこは人の目の届かないサボりポイントでもある。
「どうしたの? 用なら教室で──」
「馬鹿なの?」
「はぁ!?」
何て言った!?
あの大勢のクラスメイトたちが見守るなか人をこんなところまで連れてきておいて、馬鹿だと!?
「馬鹿って──っ」
「ごめん、違うな」
声を上げようとした私の言葉を遮って、春馬が小さくため息とともに溢した。
そしてじっと、私をまっすぐに見つめた。
映らなかったはずの私が、その黒い双眸にくっきりと映し出される。
「……」
「……」
降ってきた沈黙に、私は言葉を探すも、何も出ては来ない。
やがて春馬が、ゆっくりと口を開いた。
「キスシーン、ちゃんとできたよ」
「っ……そっか……。うん、おめでと」
そんな報告、聞きたくなんてない。
そんなことのためにこんなところまで連れ出したのかと、ずきずきと胸が痛む。
「報告は、わかった。よかったね、うまくできて……。……じゃ、私、戻るから」
零れそうな涙をこらえながらそう言う私に、春馬は「待って」と私を引き留める。
「キスシーンだけど……角度だけで見せるから、本当にはしてないから」
「え……?」
「でも、絶賛された。ちゃんと相手への愛おしさが伝わって来た、って。好きな奴とのキスの練習のおかげでな」
「そっか、良かった……。…………え……?」
今、好きな奴とのキスの練習、って言った?
キスの練習──え、じゃぁ、その好きな奴、って……?
「知ってる?」
「え?」
顔を上げると、意地の悪い笑みを浮かべた幼馴染。
そんな顔にも、私の心は正直で、鼓動が大きく胸を打ちつける。
「うちの事務所のモットー。────『純愛歓迎』ってこと」
「っ……」
そして春馬は、私の右手をそっとその大きな手で攫うと、自分の胸に抱いた。
「コイビトになってよ────俺のメイドさん?」
「~~~~~~~っ」
そしてこの日。
私は昇格した。
クール99%の幼馴染のメイドから、クール99%の素直じゃない大好きな人の、恋人へ────。
END



