────は?

 これは一体何の冗談だろうか?

 いつものように制服に着替えリビングに降りた私を待っていたのは、一枚の紙切れだった。

『ごめん。倒産した』

 そんな衝撃的な一文から始まる手紙に、私の時が止まった。

 ***

「康太から話は聞いてるよ。弥生ちゃん、好きなだけここに居なさい。なんなら康太が戻ってきてもいてくれても良いからね」

 父の衝撃的な手紙には、こう書いてあった。
『しばらく会社の立て直しのために家を出る。その間、駿介の家に住まわせてもらうようお願いしてあるから、よろしく頼む』

 その身勝手な手紙の通り尋ねたのは、IT企業から芸能事務所などまで幅広く運営する望月ホールディングスの社長室だ。
 話が通っていたようで、受付で名乗るとすぐに案内してくれた。

 望月グループの社長である望月駿介社長と奥様、それに私の父母は、学生時代からの親友同士だ。
 幼い頃にお母さんが病気で死んでしまった私のことを何かと気にしてくれていている。
 おじ様とおば様には二人の息子がいて、次男である春馬と私は同級生の幼馴染だ。

 とはいえっても、あっちは高校に入ってからスカウトされたアイドルグループに所属して、すっかり疎遠になってしまっている。
 今を時めく4人組アイドルグループ『クローバー』。
 そのメインボーカルこそが春馬だ。
 ツンツンしていて私とはすぐに衝突してしまうけれど、なぜか気づけばいつもそばにいた、いわゆる腐れ縁的な関係。

 押しかける形になってしまった私をすぐに受け入れてくれたおじ様に安堵しながらも、さすがにタダでお世話になることに抵抗がある。

「おじ様……ありがとうございます。だけど、お世話になるばかりじゃ申し訳ないですし、ぜひ、私を働かせてください!! あの、何でもしますから!!」

 タダでお世話になるなんて申し訳なさすぎる。
 私がそう頭を下げると、困ったようにおじ様が唸った。

「んー……弱ったなぁ……。うちで働いてもらうっていっても、子どもは甘えることが仕事だなぁ…‥。でも弥生ちゃん、一回言い出すと聞かないからなぁ……」
 さすがおじ様。よくわかっていらっしゃる。
 私は一度言い出すとなかなか人の言うことをきかない。
 超絶頑固人間だ。
 自分でも短所だと分かっているけれど、こればっかりはどうしようもない。

 するとおじ様は、少し考えた後に何かを思いついたように「ぁ…‥」と小さく溢した。

「それなら、春馬の世話をしてやってくれないかい?」
「へ? 春馬の、お世話?」

 突然の提案に、私は目を丸くしておじ様を見上げた。

「うん。クローバーとしてメンバーと共同生活をしているのは良いが、あいつはどうにも自分のことに無頓着すぎてな。だから、あいつがちゃんと規則正しく生活できるように、サポートしてやってほしい。弥生ちゃんなら料理もできただろう?」
「は、はぁ……。そりゃ、まぁ……」

 小さい頃にお母さんが亡くなってしまったから、お父さんを支えるためにひと通りの家事はしっかりと覚えたつもりだ。
 栄養面も考慮した食事だって作れる自信はある。

「よし、じゃぁ決まりだ。クローバーのシェアハウスに部屋は余ってるから、そっちに荷物を送らせるよ。春馬には言っておくから、よろしくね、春馬の専属メイドちゃん」
「え、あ、はい……?」

 こうして私は、半ばなし崩しに幼馴染の専属メイドにジョブチェンすることになってしまった。