〇朝・ひなのの部屋

ひなの「ふふん、ふふん♪」(鼻歌)

デートに行くかのように服を選ぶひなの。ベッドの上には服が散乱している。

ひなの「レッドTシャツも良いけど、今日は風雅様のファンのお姉様方もくるからちゃんとしていかなきゃなぁ。さすがに浮いちゃうよなぁ」

鏡を見ながら、ワンピースを合わせる。チェックの春らしいギンガムチェックのワンピース。

ひなの「うん、これにしよ」

納得したような顔のひなの。
ドレッサーに座ったあとは、身支度のコマを並べる。

ひなの「あとは、髪を緩く巻いて、ハーフアップにして……」(髪をコテで巻いて、リボンをつける。)

ひなの「まつげはしっかり上げて、チークはふわっと乗せて――」(ビューラーで睫毛を上げ、チークをブラシで塗るコマ。)

ひなの「早く会いたいなぁ。カレイドレッド」

ひなのの部屋のカレイドレッドのポスターがアップで映る。

〇遊園地・特設ステージ

特撮ヒーローショー『カレイドレンジャー 春のスペシャルステージ』の看板。
カラフルな照明、子どもたちの歓声、スモークの演出が交差する。

MC(マイク越し)「さあ、お待たせしました! カレイドレンジャー、ついに登場だぁ!!」

♪主題歌イントロが流れる。興奮したひなのは、ペンライト(赤)をブンブンと振っている。

MC「そして、なんと今日は、スペシャルゲストが来てくれてます!」
会場「ええーっ!?」
MC「テレビでカレイドレッド・朝日レイを演じる、あの人気俳優! 灰野風雅さんです!!」

ステージのライトが一斉に明るくなる。
スモークがステージに立ちこめる中、シルエットが現れる。
スーツ風の赤いロングコート。顔にはニッコリとした余裕の笑み。

風雅「俺は、朝日レイ。……今日はよろしくな」
会場「キャーーーッ!!」※悲鳴のような歓声。

ひなの《ほんもの……! はじめて見た……》
ひなの《灰野風雅。カレイドレッドとして役者デビューしたのも束の間、舞台やドラマに引っ張りだこ。今、一番ノリに乗っている俳優さんだ》

ひなのの頬は紅潮し、胸の鼓動が跳ねる。

風雅「君たちもヒーローだ。俺たちと一緒に――戦ってくれるよな?」
会場「はーい!」

小さな子どもたちが一斉に手を挙げる。

ひなの《風雅様はやっぱり凄い、立っているだけで華がある。会場が、風雅様一色に染まっている……でも》

ひなの、ペンライトをグッと握りしめる。

ひなの《でも、どうしてだろう。風雅様も素敵なはずなのに……早く変身したレッドに会いたいって思っている自分がいる》

〇ステージ・舞台袖

舞台袖から灰野風雅を見つめる夕夜。

夕夜《大勢の観客。割れんばかりの声援。――灰野風雅は、紛れもなくスターだ》

夕夜の視界には、舞台の中央で手を振る灰野風雅が見える。

夕夜《白石さんだって……》

夕夜は、舞台袖から客席を見る。灰野風雅に釘付けになっているひなの(2列目)を見つけ、ぐっと唇を噛みしめる。

スタッフ《そろそろ出番です。お願いします》

舞台上にスモークがかかり、ステージ上に向かう夕夜。

夕夜《あの子だって、灰野風雅が演じるカレイドレッドが好きなだけだろ》

夕夜《馬鹿だ。俺だけ舞い上がって。勝手に白石さんが、俺の演技に惚れてくれているって、期待、して――》

レッド(スーツアクターの夕夜・声は別録り)「闇なんかに負けない! 輝きの力で未来を守る!」

カレイドレンジャー5人「“煌めき戦隊カレイドレンジャー”!!」

子どもたちの歓声とともに、スモークが引く。ポーズを決めた夕夜の視界に入ったひなのは、口元に手を当てて、涙を流している。
ひなのと夕夜(カレイドレッド)の目が合う。

夕夜「……っ」

夕夜は思わず、マスクの中で顔を赤くする。

夕夜《灰野風雅に向けるより、もっと熱くて、まるで、恋をしてるかのような視線――》

夕夜《そんな目で見られたら、正気でいられる自信が、ない》


〇ステージ終了後・舞台裏

ステージが終わったあと、楽屋の大部屋に集まっているスタッフとアクターたち。

風雅「スタッフの皆さん、お疲れさまでした。僕からの差し入れです」

風雅の横に、積み上がっている弁当。(←高級焼肉弁当)
風雅の周りにキラキラのオーラが飛んでいるように見える。

夕夜《財力……》

スタッフたちが一斉に弁当に群がる中、風雅が夕夜の方へ歩いてくる。

風雅「あ、レッドのアクターさん、本当に素晴らしかったです。演技経験者ですか」
夕夜「いえ……ありがとうございます」
風雅「さすがのアクションでした。疲れたでしょう。どうぞどうぞ召し上がってください」

焼肉弁当を夕夜に差し出す風雅。

スタッフ「灰野風雅ってすげぇ人格者だな」
スタッフ「顔も良くて性格も良いとか。欠点無しかよ」

夕夜《確かに、爽やかの塊のような人間だな……》

風雅の顔のアップ。ぱっちりとした二重に、裏の無さそうなアイドル系スマイル。夕夜、風雅から弁当を受け取る。
弁当を食べながらスタッフたちが話す中、風雅が夕夜の耳元でささやく。※表情が一変して、腹黒そうな笑みを浮かべる。

風雅「キミ、ずっと2列目の子見てたでしょ」
夕夜「……」
風雅「面白いね、あの子。俺よりもレッドを待ち望んだ顔をしてた。……あの子のこと、好きなの?」
夕夜「……別にそんなんじゃ」

風雅、表情から一瞬にして笑顔を消す。

風雅「でも、客席に気を取られ過ぎるなんて――落ちたね。トップ劇団の元座長の黒瀬夕夜」
夕夜「……っ、なんで、知って――」(驚いて、風雅から少し離れる)
風雅「まあ、せいぜい足掻けよ。『スーツアクター』さん」

夕夜の肩をぽん、と叩き、風雅は離れる。そして、先ほどまでの爽やか王子スマイルに戻る。

風雅「じゃあ、また。皆さんお疲れさまです!」

楽屋を出ていく風雅。夕夜、頭の上にモヤモヤしたエフェクト。

〇遊園地・夕方・閉園間際

観覧車のシルエットが、赤く染まる空を背景に揺れている。

ひなの《今日のレッドもかっこよすぎた。今日もファンサ貰っちゃったし、おしゃれしてきて良かったぁ……!》

空に手を合わせて、だばだばと涙を流すひなの。家族連れがドン引きした目でひなのを見つめて通り過ぎていく。

アナウンス「本日はご来場ありがとうございました――ハピネスランドは18時で閉園いたします」

アナウンスの声で、ひなのはハッとして腕時計をみる。時計は17時30分を表示している。

ひなの《そろそろ閉園か。トイレでお化粧直しして帰ろうっと》
ひなの《あ、ちょうど発見!》

歩くひなのは、「toilet」の案内を見つけて矢印の先にある扉を開ける。しかし、そこはトイレではない。
ほこりっぽくて、数回咳をするひなの。

ひなの「あれ、ここ、トイレじゃないの……?」

そこは大道具などが入っている古い倉庫だった。ひなのは慌てて、外に出ようとドアノブを回す。しかし、空回りして開く気配がない。

ひなの「あ、あれ?」

ガチャガチャという音が倉庫に響く。

ひなの「開かないんだけど!」
場内アナウンス(外)「……まもなく、本日の営業は終了いたします。」
ひなの「えっ、うそ。私、閉じ込められたの……?」

呆然とした顔をするひなの、思い出したように手を叩く。

ひなの「そうだっ、スマホ!」

スマホには、「充電してください」のマーク。

ひなの《しまった! 調子に乗ってレッドの写真を撮り過ぎた!》

愕然とするひなの。扉を大きく叩く。

ひなの「誰か! 誰かっ、助けて!」

ひなのが間違って入った扉の前に、『※注意:ここはトイレではありません!』という張り紙が剥がれ落ちている。

〇同時刻・スタッフ裏通路

夕夜、着替えを終え、スーツをたたんで袋に入れている。

スタッフ「ごめんね、黒瀬くん。設営の解体まで手伝って貰っちゃって」
夕夜「いえ、体動かしたい気分だったんで」

夕夜《あの腹黒野郎のせいでイラついてたからな(←悪魔のツノがついた灰野風雅のイラスト)》

風雅の顔が浮かび、ぶんぶんと頭を振る夕夜。スマホを取り出してインスタをチェックする。しかし、更新履歴に、ひなののアイコンがなく、首を傾げる夕夜。

夕夜《白石さん、ショーがあった日は大体ストーリー上げてるんだけどな》

ふと、遠くから「助けて!」と小さく声が聞こえる。

スタッフ「黒瀬くん、なんか、声しなかった?」
夕夜「……!」

夕夜に、いやな予感が走る。

夕夜「確認してきます。すぐ戻りますから」

スーツの袋を見て、迷った顔の夕夜。スーツを取り出す。

夕夜「……まあ、念のため」

〇遊園地・倉庫の中

ひなの「なんだか、寒くなってきちゃった」

ひなの《最悪、明日の朝になれば誰かが見つけてくれるだろうし……というか、朝までこのままってこと?》

体育座りのひなの、諦めかけて膝に顔を埋める。
その時、扉が開いて、光が差し込む。逆光の中に、カレイドレッドが現れる。

レッド「――大丈夫か!」
ひなの「え?」

現れたのは、あのヒーロースーツを着たカレイドレッド。
レッド、慌てて口を押える。(←声でバレてしまうから)

ひなの《嘘……っ! 夢? カレイドレッドが、助けに来てくれた……!》

安心感から、ひなのの瞳にじわっと涙がにじむ。

ひなの「よ、よかったぁ~……、一晩ここに閉じ込められるかと思うと怖かったぁ」(涙目)

ボロボロと涙を零すひなの。
レッド、無言でひなのの前にしゃがみ込む。ひなのの頭を優しく撫でる。

ひなの《あ……なんだか、落ち着いてきた》

涙が引いていくひなの。
それを見た、レッドがひなのの手を引いて外に促す。顔を赤くしながら、ひなのはぺこりと頭を下げる。

ひなの「あの、ありがとうございました!」

レッド、こくりと頷く。颯爽と去っていくレッド。
レッドが去ったことで、段々と現実を受け入れてきたひなのは、ぴしりと固まっていく。

ひなの《あれ、私もしかして、カレイドレッド(推し)に助けられた!?》

顔は真っ赤で、目がグルグルしている。頭から蒸気が出るようなイメージ。
ひなの、混乱してその場にしゃがみ込む。

ひなの「どうしよう……っ!」
ひなの「どうしようどうしようどうしよっ!」

両手で赤くなった頬を押さえる。

ひなの《これは、きっとカレイドレッドだからじゃない》

ひなの《いつも演技に一生懸命で、かっこよくて》

ステージのレッドの回想。怪人にキックを入れる場面。

ひなの《私がどこにいたって必ず見つけてくれて》

ファンサをされている場面の回想。

ひなの《誠実で、優しくて、誰よりもヒーローで》

ひなのを助けに来てくれた場面の回想。

ひなの《きっと、私……中の君にも恋しちゃったんだ!》