推しも、中の君も、好き。


〇小劇場オーディション会場・夕方

狭いロビー。壁際に並ぶ椅子に座る夕夜。
スマホを握りしめたまま、画面の文字をじっと見つめている。

>【不合格のご連絡】
>このたびはご応募ありがとうございました。慎重に選考を進めた結果、今回はご希望に添えない結果となりましたが、弊社所属のモデルとして――

夕夜、スマホ画面をそっと伏せる。

夕夜《また、落ちた。》
夕夜《受けた劇団は、三つ目。どこも似たような文面で断ってくる》
夕夜《勧められるのは、モデルかアイドルばかりだ》

〇夕夜の過去回想

レッスン室の中で、当時の劇団のメンバーが陰口を叩く。

A「また黒瀬が主演かよ」
B「誰もアイツの演技なんて見てない、結局、顔なんだよ」
C「いいなぁ、イケメンは」

夕夜、レッスン室の扉の前で悔しい顔をする。

少し若い夕夜(高校生くらい)「……っ!」

〇小劇場オーディション会場・夕方

傍らで合格通知を受けたらしい若い俳優たちが、喜びを分かち合っている。
「やった! ついに初舞台だよ!」
「これでやっと“役者”って名乗れる……!」

その言葉に、夕夜は目を伏せる。
そんな時、頭をよぎる、あの時のひなのの声。

ひなの「……好きです!」

夕夜《君は、顔の見えない俺でも、好きだと言ってくれた》
夕夜《君の声と笑顔が焼き付いている。小さな熱が俺を離してくれない》
夕夜《俺は君のことを何も知らない。それでも、俺は確実に君のことを――》

夕夜、立ち上がる。
手にした台本を握りしめたまま、ロビーを後にする。

〇大学・講義室・翌日

講義終了後、夕夜は、前方の席にひなのがいるのを見つける。
ひなのに近づき、小さく手を挙げる夕夜。

ひなの「あ、黒瀬くん。おつかれ」
夕夜「おつかれ。白石さんは、まだ残んの?」
ひなの「うん。レポート終わって無くて……いっつもは、朱音と一緒にやってるんだけど……」

ひなの《この授業のレポート、ホントに鬼なんだよなぁ。いつも朱音に頼り過ぎたツケが回ってきた……》

夕夜「あの、白石さん」

意を決したかのような夕夜。

夕夜「今日このあと時間ある?」
ひなの「え?」
夕夜「この授業のレポート、一緒にやらない?」

ひなの、顔をぱあっと明るくさせる。

ひなの「えっ、いいの!?(←大声)神様仏様、黒瀬様~!」
夕夜「おおげさすぎる……」

少し呆れた顔の夕夜だが、思わず笑みがこぼれる。

ひなの「ほら、教授さ、めちゃくちゃ細かいからさ。毎回出してるのに赤ペン地獄なんだよね……」
夕夜「いつもはどうしてるの」
ひなの「朱音に助けていただいてますが、彼女は、語学研修に行っておりまして」
夕夜「なるほど……」

夕夜、顎に手を当てて頷く。

ひなの「だから、正直、レポートに困っておりまして……ほんっとうに助かります!」

ぱん、と手を合わせて夕夜の前で頭を下げるひなの。

〇大学・図書館・午後

机の上に参考資料とノートを広げ、ふたり並んでレポートに取り組む。

ひなの「え、この参考文献って絶版? え~ん、なんで……」
夕夜「たしか似たような本が……あのへんの棚にあったかも。探してくる」

すぐに動いてくれる夕夜に、ひなのが微笑む。

ひなの「ありがとう!」
ひなの《やっぱ黒瀬くんって優しいなぁ》

しばらくして戻ってくる夕夜。
参考書を持ってきて、ひなのの横に座る。ずいっと寄ってきて参考書を開き、一緒に覗き込む。

夕夜「たぶん、これなんだけど」
ひなの「……!」

ひなの、緊張して瞬きが止まらない。距離が近すぎるため、夕夜の顔をジッと見てしまう。

ひなの《な、なんだが距離が近い気がする……!》
ひなの《長いまつ毛に、切れ長の目、通った鼻に、ふわふわの唇》
ひなの《別にイケメンなんて興味無いはずだけど、これはさすがにドキドキしちゃうよ……!》

ひなの、夕夜の顔に見惚れる。その間も夕夜は、ひなのに説明を続けている。ふと、夕夜が顔を上げてひなのを見る。

夕夜「……どうした? じっと人の顔見つめて」
ひなの「い、一生懸命、黒瀬くんの話を聞いておりました!」

敬礼をしながら、冷や汗をかくひなの。

ひなの《半分以上聞いてなかったけど!》

夕夜「あと、その論点だったらこっちも使えるかも。教授が言ってた」

自分のリュックから参考書を取り出す夕夜。

ひなの「黒瀬くんって、めっちゃ記憶力いいんだね。もしかして、暗記とか得意?」
夕夜「まあ……台詞覚えるのが、昔から得意で」

しまった、と言うように夕夜が口をつぐむ。

ひなの「台詞?」
夕夜「……あ、ちょっと昔、演劇やってて」
ひなの「え、そうなんだ!? それ、もっと早く言ってよ! どこでやってるの? 観に行きたい!」
夕夜「いや……今はもう、あまり」

視線をそらす夕夜に、ひなのが少しだけ眉を下げる。

ひなの「……そっか。でも、黒瀬くんの声、いいよね。静かなのに響くっていうか、安心感あるっていうか……」

夕夜、ふいに固まる。

夕夜「君は、いっつも俺の欲しい言葉をくれるな」
ひなの「……?」
夕夜「……レポートの続きやろう」

〇大学・カフェテリア・夕方

レポートが終わり、ふたりで軽食を取っている。

ひなの「ありがとね、今日。めちゃくちゃ助かった。ていうか、黒瀬くんの解説、わかりやすすぎて感動した」
夕夜「白石さんこそ、意外としっかりしてるっていうか、字もきれいだし」
ひなの「えっ、うそ……字はコンプレックスだったのに……褒められたの初めてかも」

夕夜の口元がわずかに緩む。ひなのも、ちょっと照れたように笑う。

ひなの「黒瀬くんって、表情があんまり変わらないイメージあったけど……笑うといい顔するね」
夕夜「……」

夕夜の口元のアップ。意を決したように唇を噛む。

夕夜「あのさ、インスタ、交換しない?」
ひなの「えっ、でも私のインスタって、あの、特撮の投稿ばっかで面白くないよ!?」

ひなのが、自身のインスタを開く。そこには、大量のグッズの写真とヒーローショーの写真しか上がっていない。

ひなの《黒瀬くんに特撮のことはちょっと話したけど、さすがにここまでのガチオタとは思ってないだろうし! ……絶対、ドン引きされる!》

夕夜「はい、俺のアカウント」
ひなの「うぅ……じ、実は、私、インスタやってなくてぇ~……はは」
夕夜「嘘」
ひなの「うぅ……っ、だって、私、めっちゃオタクで! 投稿、気持ち悪いって思われるかもしれないし!」
夕夜「思わないよ。白石さんのこと、もっと知りたいから」
ひなの「え」

夕夜、IDを打ち込んで手早くインスタを交換。

夕夜「じゃあ、バイトあるから。また明日」

去っていく夕夜をぽかんと見つめるひなの。スマホをギュッと握りしめている。

〇ひなのの部屋・夜

帰宅後、スマホを見つめるひなの。

ひなの「……黒瀬くん、意外に、強引、だったなぁ」
ひなの「引いてないかな……私の投稿……」

ずらりと並ぶ特撮の写真たち。その時、ちょうどインスタのDM通知が鳴る。

夕夜(メッセージ)『今日はインスタ交換してくれてありがと』
夕夜(メッセージ)『全部、いい写真じゃん』
夕夜(メッセージ)『これからも投稿、楽しみにしてる』

ひなの、口元が緩む。

ひなの「なんか、ずるいなぁ。黒瀬くんって」