〇回想

〇子ども時代の部屋(回想)

幼いひなのが夢中で日曜朝の特撮番組(テレビ)を見ている。
テレビには、ヒーローが敵(怪獣)を倒す姿。

幼ひなの「わぁ……っ! かっこいい……!」

目を輝かせて食い入るようにヒーローを見つめる。

幼ひなの「お母さん! わたし、ヒーローとけっこんする!」

ひなの(モノローグ)《あの日から、私の人生はちょっとだけ特別になった――》

〇大学・講義室

教授「じゃあ、今日の講義はここまで」

大きく伸びをする白石ひなのは、何かを思い出したかのようにハッとした顔をしてスマホに齧り付く。

朱音(ひなのの友達)「なになに? 彼氏ぃ? 」

ずいっとスマホを覗き込む友達の朱音。覗き込んだ画面には、「ハピネスランド:カレイドレンジャーヒーローショー前方優先チケット」の文字。
朱音は呆れた顔でひなのを見つめる。

朱音「……なんだ、いつものか」
ひなの「いつものじゃない! 今回のショーは凄いんだよ! あの大型遊園地ハピネスランドとカレイドレンジャーが衝撃の長期コラボ! そして今日はそのショーの記念すべき初回で! ネットで先着順のチケットを取らないと前方確約されないんだよ!」(早口)
朱音「わかった、わかったから」

ひなの《幼い頃、日曜朝のヒーローのキラキラに魅せられてからというもの、私は、大学生になった今も絶賛【特撮オタク】をやっている》

ひなののスマホのロック画面で輝く、ヒーローの姿。

朱音「ひなのさぁ、推しもいいけど恋愛とか興味ないの?」
ひなの「うーん」
朱音「うちの学部、わりとイケメン揃いだよ? ほら、あそこにいる黒瀬夕夜とか芸能齧ってるってウワサだし!」

講義室の前方には黒髪のイケメンが座っている。(夕夜の顔のアップ)
切れ長の目元、高めの通った鼻、目にかかるくらいの前髪が色気を放っている。夕夜がちらりとひなの達を見たことで、周囲の女子から黄色い悲鳴があがる。

ひなの「確かにすっごくかっこいいとは思うけど……(興味のない顔)」
朱音「勿体ないなぁ。ひなの、せっかく可愛いんだからさ。本気出せば、クールで塩対応で有名な黒瀬夕夜も落とせるよ」
ひなの「いくらかっこいい人がいても、推しには勝てないというか……」
朱音「はいはい。でも良いよね、好きなものがあるって」

呆れながら頷く朱音。

朱音「てか、時間大丈夫なの?」
ひなの「やばっ! イベント間に合うかな!」

〇大学構内・屋外

走るひなの。恋をしているかのような嬉しそうな顔のアップ。

ひなの《ああ、楽しみだなぁ!》
ひなの《今日のショーは、私の推しのカレイドレッドが超活躍する回だもん! 絶対にグッズも確保したいし、最前で見届けたい!》

レッドを思い浮かべてヨダレを垂らしそうになるひなの。走っている途中でパスケースを落とす。
足元に落としたパスケースを、黒瀬夕夜が拾う。

夕夜「あっ、落としたよ……って」

走り去っていくひなの。夕夜が振り返った時にはもういなくなっている。
あまりに走るのが速いひなのに、きょとんとした顔。(デフォルメでも良い。)

夕夜《えっ、足、早過ぎないか……?》

しばらく考え込む顔をして、ひなのを思い出す。

夕夜《ああ、あの子、同じ学部の――》

スマホを見て、焦った顔の夕夜。

夕夜「やべっ、俺もバイト遅れる」

リュックを背負い直して走り出す夕夜。

〇イベント会場・野外ステージ前

ひなのがショー会場に到着する。遊園地の一角にある立派なステージ(野外)。
ひなのの両手には沢山のレッドのグッズ。

ひなの《よかったー! グッズも無事に買えたし、前方確約チケットもゲット!》

満足気な表情のまま、最前に着席。辺りを見回すひなの。観客席は家族連れ中心で気まずい顔になる。

ひなの《中学生くらいから場違い感はあったけど、この歳になったらもう開き直っちゃうもんねー!》

息まくひなのの横に小さな女の子(5歳くらい)とお母さんが着席。お母さんの方は少し呆れた顔。

隣の席のお母さん「あやのったら、女の子なのにヒーローショーみたいだなんて……」
女の子(あやの)「……別に、クラスの男の子が観てるから気になっただけだもん……」

女の子、少し悲しげな表情。俯いて、スカートを握りしめている。

ひなの《ああ、きっとこの子も、ヒーロー好きなんだ。でも、きっとお母さんには素直に言えなくって……》

意を決したひなのが二人の間に割ってはいる。

ひなの「お母さん、ヒーロー、意外といいですよ」
お母さん「……え?」

お母さんの怪訝な表情とともに、ショーが始まり、ステージから大きな音楽が流れ出す。
ショーが始まったため、ひなのはステージに集中する。

怪人「今日は、この会場の人間を全員食べちゃうぞ〜」
レッド「待てっ!」

勢いよくステージ横から飛び出してくるレッド。

ひなの《煌めき戦隊:カレイドレンジャー、現在放送中の戦隊モノで、私の推しは何と言っても、この――》

レッドが、華麗に怪人に蹴りを入れる。

レッド「お前の悪事は絶対に許さない! 煌めく赤は正義の炎! カレイドレッド!」

ひなの《な、なんか、今日のレッド、めちゃくちゃかっこいい〜!》(目がハートになっている)

怪人「な、なんだお前!」
レッド「我々は……!」

ぞろぞろとレッドの仲間たちが出てくる。

レンジャー5人「煌めき戦隊カレイドレンジャー!」
怪人「きーっ! なんだお前たち! やっておしまい!」

わらわらと怪人の手下が集まってくるが、レッドが中心となり倒していく。
ひなのは目を輝かせて、レッドを見つめる。

ひなの《私が、特撮オタクになって、はや10年以上。今までいろんなヒーローショーを見てきたけど……》

レッドのアクションを大きく描く。

ひなの《動きが今まで見た中で、1番キレがある。臨場感が凄い……!》

怪人たちの手下が掃けたあと、怪人が叫ぶ。

怪人「こーなったら奥の手だわよ!……ダークナイトメア――」

怪人が技名を叫ぶ前に、演出の花火がぼんっと暴発。最前のひなのは驚いて声を上げる。

ひなの「きゃっ!」
怪人「……えっ」

もくもくと上がる煙。
怪人や他のキャストも驚いて固まってしまう。会場が一瞬静まり返る。

ひなの《これ、もしかして、演出トラブル……?》

騒めく会場。ひなのの隣の女の子が驚いて、泣きだしてしまう。

お母さん「怖いわ……。ほら、あやか、もう出ましょう」
女の子「いやだぁ!」

ひなの《まずい、まずい、アナウンスとか無いの、これ》

ギュッとスカートの裾を握りしめるひなの。
その時、レッドがステージから飛び降りてくる。演出の花火の装置を壊すように踏みつけ、女の子に手を差し出す。

女の子「え……?」(困惑しながら握手)

レッドは女の子の頭をぽんぽんと撫でる。そして、お母さんにぺこりと一礼をしてステージに帰っていく。

客「もしかして、これも演出……?」
客「すごーい!」
客「レッド、かっけー!」

ひなの《いや、そんなわけない。……全部、アドリブだ》

拍手が沸き、ステージは大盛り上がり。レッドが怪人に蹴りを入れて倒して、ショーは無事終わる。
女の子が小さくつぶやく。

女の子「かっこ、良かった……!」
ひなの「ね! カレイドレンジャーってかっこいいでしょ!」
女の子「……うん! 私、本当はね、カレイドレンジャーが大好きなの! でも、ずっと言えなくって……」

女の子がお母さんを見上げる。

女の子「私、カレイドレンジャーが好き! とってもかっこいいもん!」
お母さん「……本当ね、ヒーローってとってもかっこいいわ。良かったわ、今日ショーが見られて」

お母さんが柔らかく微笑む。

ひなの《そう、ヒーローってとっても素敵なんだ》

ひなの、親子に声をかける。

ひなの「この後、握手会もあるんで、一緒に参加しませんか?」

〇握手会

机を挟んだ握手会会場。向かい合っているのは、ひなのとレッド。

ひなの「……好きです!」

グッズに塗れて、前のめりでレッドの手を握りこむひなの。レッドは少し困惑。(表情が見えないので周りに汗)

ひなの「あなたのアドリブ、最高でした! 本当に、助けられた気がした……!」
レッド「……」
ひなの「演技というか、アクションというかっ。私素人なんで、何にもうまい言葉が浮かばないんですけど……」

ひなの、ずいっと近づいて、レッドの手をグッと引き寄せる。

ひなの「あなたの演技、とっても感動しました!」
レッド「……!」
スタッフ「お時間でーす」

「また会いに来ますね!」と叫びながら、ずるずるとスタッフに引っ張られていくひなの。レッド、驚きながらも小さく頷く。

〇舞台裏・握手会後

レッドの被り物を取ると、黒瀬夕夜が現れる。髪をかきあげ、一息ついている。
そこに近付くサングラスの中年男性。

プロデューサー「いやー!ごめんね! 黒瀬くん!急に呼び出して! 」
夕夜「いえ」
プロデューサー「ほんとに助かったよー!スーツアクターのバイトが飛んじゃってさ! にしても、ナイスアドリブだったよねぇ。さすが元――」

プロデューサー何かを言いかけて、ハッとした顔をして夕夜に向き直る。

プロデューサー「黒瀬くん、そういや、新しいアイドルグループ結成の話なんだけど」
夕夜「……良いです、その話は。アイドルなんて興味ないし」
プロデューサー「レッスンだけでも!」
夕夜「もう芸能は辞めたので」

夕夜、プロデューサーに背を向けて楽屋の扉を閉める。(機嫌悪そうに)
扉を閉めた後、扉にもたれ掛って楽屋の中でズルズルと座り込む夕夜。

夕夜「……はぁ」

夕夜の回想。ひなのの、「あなたの演技、とっても感動しました!」という言葉を思い出す。

夕夜「あんなこと、初めて言われた……」
夕夜「なんなんだ、マジで。諦められないじゃんか、役者……」