結婚の決め手は焦げた玉子焼き!?黒豹上司は愛する秘書を逃がさない

 秘書さんがここにいるということは、この人はCEOのお客様?
 どうしよう。思いっきり体当たりしてしまった。
 
「工藤沙紀」
「は、はいっ」
 なんでこの人が私の名前を知っているの?
 
「今、営業部の加賀大輝と別れたように見えたが」
 なんで大輝の名前も知っているの?
 もしかして社員全員の顔と名前を覚えているの?
 それよりもしっかりとフラれたところまで見られているなんて! 恥ずかしすぎる!
 
「は、はい。たった今、フラれました」
 なんでこんな公開処刑~~!
 
「そうか」
 ニヤリと笑う男性の横で、秘書さんが溜息をつく姿が見えた。
 どういうこと?
 私がフラれたのがそんなに面白いの?
 
「では問題ないな」
「はい?」
 何が問題ないのか聞く間もなく、沙紀は腰に手を添えられ連行される。
 
「あの、一体どこに」
「夏目、すぐに手続き」
「かしこまりました」
 秘書さんは夏目さんと言う名前なんだ。
 
 ……なんて思っている場合ではない。
 腰に手を添えられるって、手を繋ぐよりも何倍も恥ずかしい。
 それよりも見知らぬ人と密着しているこの状況はいったい何?
 
 背は大輝よりも高い。
 肩幅も広く、胸板も厚い。
 たぶんオーダーだと思われる体にフィットした黒のスーツに、少し長めの黒髪は良く似合っていると思う。
 動物に例えるなら、大輝はネコだがこの人は黒豹だ。
 
 すれ違う人に二度見されながら廊下を進み、秘書の夏目が開けたエレベーターに乗り込む。
 降りたことがない6階の社内マップでしか見たことがないCEO室に連れて行かれた沙紀は、ふかふかすぎるソファーに座らされた。
 
 初めて入ったCEO室は大きなガラス張り。床は重厚感のある焦げ茶のカーペット。
 明るい日差しが差し込む清潔感のある部屋だ。
 グレーのカーペットが敷かれた4階の執務室と全然違う。
 でも、CEO室なのに東雲CEOがいないのはどうしてなのだろう?

「どうぞ」
「ありがとうございます……?」
 なぜ秘書がコーヒーを淹れてくれたのだろう?
 それよりもなぜこの男性は私の隣に座っているのだろう?
 普通は正面のソファーでは?
 
 いやいや違う。
 まずわたしがCEO室に来ていることがおかしくて、ソファーに座るなんてありえなくて、秘書にコーヒーを淹れてもらえるなんて変すぎる。

「まず、こちらを」
 正面のソファーに座った秘書の夏目がテーブルにA5サイズの紙を置く。
 入社後、一度した見たことがない書類の登場に、沙紀は目を見開いた。
 
『辞令 工藤沙紀
 上記の者、本日より秘書課へ異動を命ずる』