結婚の決め手は焦げた玉子焼き!?黒豹上司は愛する秘書を逃がさない

 このままあと1年くらい付き合って、いつか結婚するんだろうなと思っていた。
 プロポーズは次の誕生日? それともクリスマス? って勝手に想像してソワソワして。
 それなのに――。
 
「こっちと付き合うことにしたから」
 目の前で知らない女の子とイチャイチャしている大輝の姿に、沙紀は目を見開いた。
 
「えっと、その子は?」
「経理の新人。可愛いだろ?」
「やだぁ、可愛いだなんてぇ~」
「若いし、可愛いし、優しいし。ホント最高」
 彼女の心の声を代弁するなら、「そんなのわかってるって~」だろうか。
 小柄で女の子らしい花柄のワンピースに、ふわふわの茶髪ボブ、揺れるピンクのイヤリングも男は絶対に好きだ。
 ナチュラルメイクだけれど口はぷっくらツヤツヤのラメ入りリップ、頬は軽くピンクにした程度。
 どうせ小動物みたいで可愛いって思っているんでしょう?
 胸をグイグイ腕に押し付けられデレデレしている残念な大輝に、沙紀は盛大な溜息をついた。
 
「じゃあ、そういうことで」
「バイバーイ、元カノさん」
 ここは会社の廊下。
 こんな場所で、こんな気軽に別れを告げられるだなんて正直言って予想外だ。
 突然すぎて、悲しみよりも怒りの方が大きいかもしれない。
 去って行く二人を見ながら、沙紀は「私の三年間を返せ」と下唇を噛んだ。
 
 ここで泣くわけにはいかない。
 体調が悪いと嘘をついて早退するべきか、それとも今すぐ化粧室に籠って泣くべきか。
 追いかけていって引っ叩いてやるのが正解だろうか。
 
 でも、なんで?
 今更悲しさと悔しさが込み上げてくる。
 沙紀は溢れそうな涙を必死で堪えながら、化粧室に駆け込もうと振り返った。
 
「……おっと」
 頭の上から響くバリトンの声と目の前の黒い大きな物体。
 男らしいムスクの香りに包まれた沙紀は、ようやく自分が誰かにぶつかってしまったのだと気づく。
 
「すみま……」
 泣きそうな顔のまま声の主を見上げた沙紀は、見知らぬ男性の彫刻のように整いすぎた顔に驚いた。
 男性の隣には、いつもCEOと共に行動をしている眼鏡をかけた秘書の姿が。
 名前は知らないけれど。
 
「気を付けていただかないと困ります」
 秘書に注意された沙紀は、何度もすみませんと謝った。