忘れられなかった初恋が、40歳で叶ってしまった

「パパ、チケット持った?」
「チケットはOK!充電器もこっちのカバンに入れたから!」

「あ、ヤバい!あと10分で出ないと!!」

慌ただしく準備する両親を横目にSwitchに熱中する胡桃は早速絵奈の雷を落とされた。
「あんたねー!もうそれ、辞めなさい!」
「あんたってチクチク言葉だ!べー!」

どうにか15分で家を出る事に成功した赤木一家は、予定通りの新幹線へ乗り込んだ。

一年ぶりの帰省だ。

父さん、母さん、元気しているだろうか?
奈津美も帰るんだっけ。あ、上岡選手の事聞いてみよう。

先に信一と胡桃が絵奈の実家に向かい、絵奈は高校時代の友人と忘年会をしてから遅れて実家へ向かうのが毎年恒例だ。
駅のホームで束の間の別れを惜しむ。胡桃は母親を抱きしめながら涙声で訴えた。
「ママー!お友達とケンカしないでね?飲み過ぎないようにね?」
「はぁい!胡桃もSwitchばっかやらないように!バァバのお手伝いもちゃんとするんだよ!」

胡桃はSwitchの事を言われた途端、まるで手のひらを返したかのように「バイバイママ!」と笑顔で母親から離れた。
都合の良い娘だ。

「じゃあ信ちゃん、胡桃のことお願いね!」
「ママも飲み過ぎないでね!」
「じゃね!さっパパ行くよ!!」
胡桃は信一の手を引いてさっさと行ってしまった。どうやらポケモンセンターでポケカをゲットしに行くらしい。

子供の趣味は多種多様だ。
最近はバスケの試合もあまり見なくなってしまった。むしろ絵奈が1人で見ているくらいだ。


「ほんと、絵奈の旦那さん良いよね!」
高校時代の友人、結がレモンサワーを飲み干すと羨ましそうに絵奈を見つめた。

「確かに、めっちゃ優しいかなー。優しすぎるところがキズ笑」
「あぁーー、惚気じゃん!ほんとねぇ、1人で実家に子供連れて行ってくれる旦那なんて、居ないよぉ?」

「確かに」
絵奈は苦笑いしながら同意すると、結は鋭い視線を絵奈に送った。
「何なの?何か不満でもあるの?」
「うーん、夜が物足りないとか?笑」

「あんたねぇ、結婚して何年になるの?途中飽きてくるのは当然だよ!それともあの旦那さんが、無理矢理されたりとか、、するわけ??」

「いや、さすがにそれはないよ!体調悪い時はセーブしてくれる」
「なんだ、良いじゃん!ウチの旦那なんてさぁ、この前本気で嫌だって言ってるのに無理矢理…」

無理矢理だなんて、信一と付き合ってから結婚するまで、一度も無い。
夜の生活だけではなく、私生活においても信一は絵奈が言った事はほとんど受け入れてくれるのだ。

絵奈は結の「自分勝手な旦那」の愚痴を聞いて、少し羨ましく思った。

「そっか、でも、結の旦那さんってハッキリしてて男らしくて、良いなって思うよ!」
「そうかなぁ??…ほんと、ないものねだりなのかね?私達」

2人はそれぞれの結婚生活を振り返っては、レモンサワーとハイボールを飲み干し、ふうっとため息をついた。

お互い、周りから見れば「幸せな主婦」なのだろう。しかしそんなの、単なる記号だ。
この2人を取ってもそれぞれ全く異なる思いを抱えながら平凡な人間としてこの世界を生きている。

「ただいまよりラストオーダーとなります」
忘年会シーズンの慌しい店内で、しっかりと時間通りに店員がラストオーダーを伝えてきた。
「レモンサワーで」
「ハイボールで」

信一の地元で生活する絵奈にとって、自分の地元で気の許せる友人との時間は本当に貴重だ。

「飲みたりなくない?結、この後時間ない?2軒目行こうよ」
「ごめん、この後息子の習い事お迎え行かないといけなくてさ」
「そっか…」

残念そうに顔を曇らせる絵奈に対し、結はスマホの画面を差し出した。
「ねぇ実は、息子のスイミングのコーチなんだけどさ、めっちゃイケメンなの。写真見てよ」

そこには爽やかで肌が綺麗で腹筋の割れた王子様みたいな男性が、結の息子とツーショットでピースしていた。

「ふふっ。私の推しなの。コーチに会えるだけで生きる活力になるの!絵奈もそんな気張らないでさ、推すくらいなら犯罪でも不倫でもないから。楽しみ見つけなよ?」