この季節になると、いつも思い出すことがある。
高校二年生の夏、私は初めての恋をした。

その人はいつも教室の自分の席で本を読んでいる物静かな人だった。

ある日、偶然にも本屋でその人を見かけた。
「同じクラスの子だよね?ごめん。俺、あんまり学校に行けてないから、名前とかうろ覚えで…」
初めて聞くその声はとても優しかった。
「私、加藤まゆ。この前転校してきたの」
確かに私が転校してしばらくの間、誰も座っていない席があった。
「俺は樋口永遠(ひぐちとわ)。よろしく」
それから私たちはよく話をするようになった。
好きな作家の話やおすすめの本を交換して感想を言い合った。
そして何ヶ月か過ぎた頃、樋口くんはまた学校を休むようになった。
朝のホームルームで担任の先生から話があった。
「樋口はしばらく病気の治療で休むことになった」
先生のその言葉にクラスの人たちはさほど驚いていた様子はなかった。
友達に聞いたところ、樋口くんは持病があり、よく学校を休んで入院をしているのだという。
ある日、日直だった私は、担任の先生から頼まれて学校で出された課題を樋口くんに届けることになった。
病院の名前を聞き、地図を渡されて私は病院に向かった。
受付で看護師さんに樋口くんが入院している病室を聞いて、ドアをノックした。
「どうぞ」
中から声が聞こえて、私はそっとドアを開けた。
「こんにちは…」
「加藤さん?お見舞いに来てくれたの?」
嬉しそうに樋口くんは笑った。
なんだか痩せてしまったように見える。
「これ、先生から」
課題が入った紙袋を渡した。
「ありがとうわざわざ持ってきてくれて」
樋口くんは私にお礼を言うと、ベット横の棚にあった本を取った。
「これ、すごく面白かったんだ。加藤さんにも読んでほしいな。読み終わったら、感想聞かせてよ」
「うん。ありがとう」
だが、私が本の感想を樋口くんに伝える日は来なかった。
その一週間後、樋口くんは息を引き取った。
私は、本を返そうと樋口くんの家に向かった。
中から、お母さんらしき人が出てきた。
「樋口くんから借りていた本です。返すのが遅くなってすみません」
私は本を差し出した。
「それはあなたが持っていてくれない?あの子と仲良くしてくれてありがとう」

その時もらった本は今でも私の手元にある。

忘れられない、樋口くんとの大切な思い出だ。