夜でも日中の熱は冷めることなく、町は熱を孕んでいる。何度目かわからない麦茶のおかわりをしてから、自分の部屋がある2階に向かう。


 最近、思うことがある。


 頭の中に霧の森がある。


 日常で忘れてしまうことが、日に日に増えてきた。


 母から「今日学校はどうだった?」と聞かれて、普通ならすぐ返答するのに、数分もかかった。


 友達から「花の雨の日に神社行ったよね。どうして先に帰っちゃったの? 探したんだよ、一言いってくれたらよかったのに」――私は黙るしかなかった。だって、“真実”を持っていない。



「ああ、うん……ごめんね」


 何の感情もない謝罪。


 心配される度に「大丈夫だよ」とか「ちょっと、疲れてるだけ」って意味のない理由を口にしては、心は沈んでゆく。


 翌日の学校は、とてもじゃないけど行く気分になれなかった。母が訝しげにこちらを見ていたが、日常の不可解な出来事もあってか何も言ってこなかった。


 その方が、いい。


 何か言われても、反応できないだろうから。



 ――雨雫が、落ちる。風景が、揺らぐ。


  花の雨が降る。


  軋む、記憶。


 「――お前――」


 信じられないものを見るように。

 青い紅茶のように、美しい瞳に囚われて、私は言葉すらなくしてしまった。