風の音に恋して

──そして、リナの番がきた。

ステージの上。
ただ一人。
たった数分。

名前を呼ばれたとき、声は震えていたけど、ちゃんと届いた。

「凪咲リナです。今日は……自分で作った曲を弾きます」

言ったあと、自分でも驚いた。

そう、彼女は楽譜ではなく、“音”を持ってきた。
この日のために、草むらで拾った音。
浜辺で見つけた音。
心が鳴ったすべてを、メロディに変えた。

 

ピアノの前に座る。
指を置く。
最初の音が、静かに部屋に浮かぶ。

それは、風の音だった。
波のさざめき、遠くの港、夜の図書館、兄の笑い──
全部が重なって、音楽になった。

 

演奏が終わったあと、誰もすぐには口を開かなかった。
リナも、頭を下げたままだった。

でも、その沈黙の中に、風があった。

その沈黙こそが、リナの音だった。

 

結果は、あとで郵送される。

でも──もう、わかっていた。
この音を届けられたなら、きっと大丈夫。

リナは、駅へ向かう道で風を見上げた。
海辺の町から連れてきた音が、少しだけ、自分の“もの”になった気がした。

 

その日、彼女はまだ気づいていなかった。
あの歩道橋のピアノこそが、響也の音だったことに──