14日の真珠

 中学校って最悪。
 人も暗いし、みんなゲラゲラ嫌らしい笑い方しかしないし、芸能人とかアニメとか、つまらない話しかしないし、知能がないし、馬鹿ばっかだし。そのくせラブラブなカップルはウザいほどいるし。
 小学校は良かったなー。みんな恋愛なんか__異性なんか、興味なかったから、一年中平和だったし、芸能人とかアニメがなくても、みんなでかけっこしていれば楽しい一日を過ごせたし。スクールカーストもなかったし。容姿による壁もなかったし。

「だからさ、私、タイムマシンを開発したいと思うんだよね」
 昼休みの廊下で、私はクラスがちがう友達__波奈に、自分の夢を語っていた。
「はあ?いきなり何言ってるの?」
 波奈は、呆れたような溜息をついてきた。
「そんなん中坊が作れるわけないでしょ」
 腕を組んで壁にもたれ掛かる波奈に、私は「波奈ったら、もっと夢を持とうよ~!」と文句を垂れた。
「いや、分かるよ? 真珠の気持ちは。たしかに、この学校、空気がギスギスしてるもんね」
 波奈が言った傍から、近くで男子が悲鳴を上げながら、廊下を駆け抜けて行く。
 耳をつんざくようなその声に、私は思わず両耳を塞いだ。
「ギスギス……どころじゃないよ。ここにいるだけで頭痛くなる。おかしくなりそう~。それに、未だに新しいクラスに馴染めないし」
 中学校に入学して、早一カ月。
 周りがどんどんと友達を作っていく中、私だけが、置いてけぼりを食らったように、新しい友達を作れずにいた。
 波奈ですら、新しい友達を作っているというのに……
「波奈さ~ん!」
 早速、後ろから、男子が一人、波奈に駆け寄って来る!
 男子は、シュッと背が高い、細めのイケメン。名前は知らないけれど、学年で噂になっているモテ男だった。
「借りてたノート返す。ありがと」
「返すの遅かったじゃん。もう返ってこないかと思ってた」
「俺の事舐めんなよ、波奈さん♡」
 テンポのいい会話を繰り広げる波奈とイケメン男子に、私は茫然とするしかなかった。
 パタパタと去っていくイケメン男子を確認しながら、私は「もうっ、波奈ったらー!」と文句を垂れた。
「どうしてあんなイケメン男子と仲いいのー⁉ ズルーい!」
 私が「バカバカ!」と言いながら、波奈の胸をどんどこ叩くと、波奈はまた呆れたように溜息を吐いた。
「イケメン男子って__まさか、真珠も悠斗のファンか何かなの?」
「悠斗って! 名前で呼んでるし!」
 私はさらにショックを受ける。
 波奈って……そこまで進んでたんだ。私がまだ同性の友達すらまともにできていない中、もう、男友達まで作ってるんだ……
 私は波奈の胸から拳を離すと、冷静になって問いただした。
「どうして、波奈はそんな簡単に友達作れるの?」
 しかも、男子も女子も関係なく。
「そんなの、私でも分からないよ。自然にできてるし」
 波奈が腰に手を当てて答えた。
「そんな……」
 涙が出そうだ。
「やっぱ、小学校に戻りたい。私、圧倒的にこの学校の人達と性質が合わないんだよ。会話にも着いていけないし、雰囲気も苦手だし」
「うーん……そりゃ、まだ中学に入学して、一カ月くらいしか経ってないもん。馴染んでいくのはこれからじゃない?」
 波奈は、気遣いの言葉を私にくれた。
「タイムマシン作るとか、変なこと考えるよりも、とりあえず今は、目の前のことに集中したら? 過去のしがらみは捨てて、今のクラスメイトと仲良くなることに重点を置きなよ」
 波奈の言葉が、心の中で、真っ黒な錘となって沈んでいく。
「……波奈には、分からないよ。私、波奈たちが思っているよりも、小学校の思い出が大事だったんだよ。小学校のクラスメイトが大好きだったし、小学校のみんなと、いつまでも一緒にいたかった」
「そう?絶対今の方が楽しいと思うけどね」
 嘘だ! 波奈もそっち側の人間だったの?
 私には波奈の気持ちが理解できない。
「それに、小学校のクラスメイトは、この学校にもたくさんいるじゃん。数人は別の中学行ったけどさ」
「それじゃあ意味ないんだよ!」
 私は波奈のセーラー服を掴んで、必死に訴える。
「あの頃のクラスメイトじゃなきゃ、意味ないの。第一小のみんなじゃないと意味ないの! みんな、第二小学校の柄の悪さに染まって、不良みたいになっちゃってるし」
「ええ?そう?」
 第二小のやつらってそんな柄悪い?と首を傾げつつも、波奈は「まあさ、時間が解決してくれると思うから、今は焦らないことが大事じゃない?」と、慰めを言ってくる。
「タイムマシンだかなんか知らないけど、とにかく、変な宗教にハマることだけはやめなよ?」
「しゅ、宗教なんてハマるわけないでしょ!」
 もう、波奈の馬鹿!

 私は、本気でタイムマシンを作ってやるんだ。
 家に帰ると、私は早速白紙のノートを広げた。
 とにかく、まずはできそうなことからしてみよう。タイムマシンを作るには、物理法則とか、そういうの学ばなきゃいけない気がするから、数学と理科の勉強を一生懸命すればいいかな? 国語と英語と社会はいらないよね。
 その日からは、結局、数学と理科の宿題と勉強をしただけで、国語、英語、社会の勉強はまったくと言っていいほどしなかった。

「テストを返すぞ」
 そして、中学校最初のテストで、なんと私は__
「やったー!100点二枚も取ったー!」
 数学と理科のテストで、なんと百点を取ったのだった。
「すごい、私、やればできるんだね……」
 うれし泣きしながら波奈に報告する。
「よかったね。でも、他の教科は?」
「げっ」
 しかし、波奈の現実を突き付ける一言に、私は固まってしまった。
 ……思い出したくもない。
 国語、英語、社会……
 特に、社会なんて酷いものだった。見るにも値しないくらい……
「やめてよ波奈!現実を突き付けるのは……」
「タイムマシン開発者を夢見るのはいいけど、数学と理科だけできてれば、学者になれるってものでもないと思うよ。他の教科も頑張らなきゃ、いい大学にも行けないし、いい大学に行けないと、タイムマシン開発するような科学者にはなれないよ」
「そ、そうなの?」
「そうでしょ!」
 波奈が、呆れながら突っ込んできた。
「でもなー」
 私は、廊下の壁に寄りかかりながら、天井を見上げた。
 茶色一色の、汚い天井。
 まるで、汚水プールの底から、水面を眺めているみたい。
「そんな、大学行くまで待てないよ。私、今すぐ過去に戻りたいもん」
「真珠さ、どうして、そんなに過去に戻りたいわけ?」
 波奈から言われて、私は視線を地面に落とした。地面も、相変わらず汚い茶色。どうして、この学校の校舎は、こんなに汚い色で満ちているのだろう。数か月前まで通っていた小学校は、壁も天井も床も真っ白で、綺麗だったのに。
「とにかく、この学校が私に合わないの。お母さんも、不登校許してくれるような人じゃないしさ」
「不登校? 真珠、そんな、不登校になりたいほど苦しんでたの?」
 波奈が、ぎょっと目を丸くした。
「うん」
「……それ、先生に相談した方がいいんじゃない? まさか、クラスで虐められてるわけじゃないよね?」
 波奈の質問に、私は首をブンブン横に振った。
「ちがう。むしろ、みんな優しい人ばかりだよ。でも……分からないの。理由は分からないけど、学校にいるのが苦しいの」
 だから、親に相談しても、先生に相談しても無駄だった。
 いじめがあるとか、病気があるとか、何かしら理由があるなら、大人に話を聞いてもらえる。
 けれど、私のこの憂鬱には、理由がない。周りと合わない理由も、教室にいるだけで具合悪くなる理由も、どことなく毎日憂鬱な理由も、すべてが分からない。
 だから、どうしようもないのだ。
「……真珠はさ」
 波奈が、淡々と話し出した。
「タイムマシン作りたいって言う前から、科学者になるのが夢だったじゃん?」
「うん。具体的には、天文学者だけどね」
 私は、昔から宇宙が好きだった。
 天体に興味があったし、テレビで『宇宙の謎』が特集されていれば、必ずと言っていいほど見ていた。
 だから、大人になったら、宇宙に関する仕事がしたいと思っていた。最初は率直に宇宙飛行士になりたかったのだけれど、生憎体育の成績はいつもダメダメだったために諦めた。
 けれど、天文学者なら、勉強すればなれるかもしれないと、目指し始めたのだ。まあ、タイムマシンを開発する職業は、天文学者じゃない気もするけど……
「真珠の夢、応援してるからさ。変なところで精神崩して、夢諦めるのはやめな? 親が休ませてくれなくても、仮病で休むことくらいはしてもいいんじゃない?」
「ありがとう……波奈ぁ!」
 私は、ボロボロと泣きそうになりながら、波奈に抱きついた。
 やっぱ、持つべきものは友だね♪

 それから、私は毎日勉強することにした。
 数学と理科だけじゃない。文系科目も、それなりに勉強した。
 もちろん、タイムマシンの開発にも、それなりに力を入れた。
 そのためにやってることは……ほぼ、ネットにおけるリサーチだけど。
 けれど、それで重要なことに気が付いた。
 どうやら、私たちは、速い乗り物に乗ると、その速い乗り物の中だけ時間がゆっくり進むらしく、理論上未来へ行くことができるらしい。
 速い乗り物に乗っても、行けるのは未来だけど……。
 これを、どうにか応用できないだろうか。
 新幹線を使うとか?
 でも、どうやって?
 何も答えが見つからないまま、5月14日__私の人生が、大きく変わる日がやってきた。

 その日、私は、いつものように中学校に行くはずだった。
 決った時刻に家を出て、決まった登校道を走っていった。
 けれど、私は嫌だった。学校になんて行きたくなかった。本当は今すぐにでも、自転車で周れ右をして、家に引き返したかった。
 まあ、これはいつものこと。
 いつもと違ったのは、その日、クラスでちょっとしたパーティが行われることを思い出したからだった。
 数週間後に修学旅行があり、そのときのキャンプファイヤーで、組ごとに出し物をするらしく、今日はその練習をするらしい。
 私たちのクラスメイトは、ダンスを披露するのだ。
 嫌だなー。
 坂道を下りながら、私ははあっと溜息を吐く。
 ダンスの練習とは言え、クラスメイトがぎゃーぎゃー騒いで、ユーチューブ見たり、ティックトック見たりする、ほぼ宴会みたいなものだし。
 行きたくないなー。
 カラカラと、自転車の車輪が回っていく。
 ずっと雑木林に覆われていた右側の視界が、ぱっと開けたかと思うと、ガードレールの向こうに、街が広がっている。
 手前には、私たちが住んでいる町。
 向こうの方には、細々した都会の街。
 美しい、朝の街並みだった。
 いいな。
 遠くで光る街のビル群に魅了されながら、私は茫然としていた。
 あの、遠くの街に行けたらな。一人で行けたらな。
 ジャーっと、自転車が坂道を下っていく。肩まで伸びた長い髪が、後ろに煽られ、スカートが風で暴れる。
 自転車は、ぐんぐんと眼下の街に近づいていく。
 けれど、あの青い靄に覆われた街には、永遠にたどり着くことはできない。
 私は中学校へ行くのであって、それ以上先へは行けないのだから。
 十字路にたどり着くと、歩行者信号が赤になっていたので止まった。
 隣から、きゃっきゃと声がして、振り向くと、小学生たちが列になって横断歩道を渡っているところだった。
 小学生が歩いて行く方向__左を曲がれば、小学校にたどり着くのだ。
 ……この道が、過去にさかのぼることができる道ならいいのに。
 そうやって、過去の小学校に、簡単に行くことができたなら。
 けれど、現実的な話。
 過去に戻れる道なんてものは、存在しない。
 小学生の渡り切った道の歩行者信号が、青から、赤に変わった。
 目線を前に向けると、私の前にあった歩行者信号が、ゆっくりと、赤から、青に変わっていく。
 こっちに……行きたいわけじゃないのに。
 私は、左の道に曲がりたいのに。
 けれど、理性が本能を抑えた。
 ペダルに足をかけると、仕方なく、前へ進んで行く。
 横断歩道を渡った先は、川の上にかかる橋だった。
 眼下には、朝の冷たい水が、勢いよく流れていて、ざあざあと音を立てている。
 透明な水が、岩肌に当たって、白い飛沫を上げた。
 橋の下ばかり見ていても危険だと思い、顔を上げる。
 橋を渡った先には、道路と、りんごの果樹園と、住宅街と、線路と__その向こうに、青色に包まれた街。
 どこからか、風に乗って、車や電車が走る静かな音が聞こえてくる。
 ……あの街には、新幹線もあるのかな。
 人も、大勢いるのかな。
 キッ。
 自転車を止めた。
 橋を渡り切って、新たな十字路に差し掛かったのだ。
 この十字路には__信号がない。国道と、住宅街の間を通る、狭い道が交わった十字路だから。
 左を曲がって。
 この国道を渡り切って。
 真っ直ぐ狭い道を行けば。
 中学校にたどり着く。
 また、今日も絶望する。
 自分が、波奈以外の誰にも愛されていないことを__誰にも、興味を持たれていないことを、突き付けられる。
 ……もう、そんなの嫌だよ。
 中学生になったら。
 もっと、交友関係が広がると思っていた。
 小学生の頃の仲間とも、より絆が深まって、新しく見知った人たちとも、仲良くなれるのだと思っていた。
 けれど、ちがった。
 私だけが、着いていけなくなっただけだった。
 この十字路からは、いろんな景色が見える。
 川に、畑に、田圃に、住宅街に、高架に、電信柱。
 左側には、数か月前まで通っていた小学校。
 右側には、遠い山のふもとにある、青色の街。
 __私、もっと愛されたいよ。
 波奈だけじゃなくて、いろんな人から愛されたい。
 思い浮かんだのは、小学生時代の思い出。
 プールの授業で、話しかけてくれた美里ちゃん。
 図工の授業で、アドバイスをくれた柳沢くん。
 図書館で、一緒に話した奏ちゃん。
 体育の授業で、ハイタッチをし合った陽介くん__
 もっともっと、小学校には、誰かと笑い合った思い出がたくさんある。
 私が科学者になるのが夢だって言ったら、「応援してるね」て、クラス中から言われた思い出がある。
 けれど、そんな大事なクラスメイトたちも、今じゃ、第二小の新しい仲間に夢中で、誰も私なんかに興味はなかった。
 __私なんて、いても、いなくても同じじゃん。
 私が一人いなくなったところで、誰も気になんてしないよ。
 もう、心が寂しい。ずっと、心に穴が空いたみたいに。
 私__誰かと繋がりたいよ。もっと、たくさんの人と仲良くなりたいよ。
 それに、ダンスの練習なんて、やりたくないし。
 ____もう、限界だ。
 キッと。
 気づけば、自転車の向きを、左側から、前方向へ変えていた。
 ぐんぐんと、自転車を走らせる。
「え?」
 自分でも、自分の行動に驚いた。私は今、いつも走っている道ではなく、今まで通ったことのない道を走っている。
 見たことのない景色。嗅いだことのない香り。触れたことのない、空気の感覚__。
 息が吸えた。世界に色がついた。体が軽くなった。
 私は、自然と笑えていた。作り笑いじゃなくて、心の底から笑えていた。
 __こんな感情を求めていた。
 知らない道を、真っ直ぐに進んで行く。
 私は今から、あの青くて、遠い街に行く。
 そして、自分だけの世界を、作るんだ。