——あ、あの人目が笑ってない。
 
それが楓の伊東に対する第一印象だった。
 
まだ入社間もない頃、山口から「あの人が噂の王子さまだよ」とこっそりおしえられた時、そう思ったのだ。
 
人間観察を楽しいと思うようになったのは、大人になり妄想小説をSNSにアップするようになってから。
 
それまでの楓にとっては、生きていくための処世術だった。
 
嫌でも誰かと関わらなくてはならない学生時代。
 
自分の言動で、相手が嫌な思いをしていないか、嫌われていないか、いつもびくびくして周囲を観察していた。
 
ちょっとした視線の動きや何気ない仕草は、本人が思うよりも雄弁に胸の内を語るものだ。
 
伊東倫は、その甘く完璧なマスクにいつも感じのいい笑みを浮かべている。他人のミスで迷惑をかけられている場面でも嫌な顔は少しも見せず、なんならフォローに回る徹底ぶり。
 
けれど、にこやかで人あたりのいい振る舞いとは裏腹に、その目はとても冷めていて、本心は別のところにある。そんな印象を受けたのだ。
 
とはいえその時は、もしかしたらそうなのかも、と思っただけだった。あるいは、それも自然だよねと。会社というオフィシャルな場で素の自分をさらけ出す方が珍しい。そしてそのまますぐに忘れた。
 
その真偽を確かめるほど、彼とは関わりがないし、興味もなかったからだ。
 
そんな楓が再び彼の存在を思い出し、その第一印象が正しかったのだと知ったのは半年ほど前のある出来事がきっかけだ。