楓は、野生動物並みの素早さで、ささっとパソコンの陰に隠れる。本当に座敷童子みたいに、気配を消せたらいいのに、と思ったところで「藤嶋さん」と名指しされた。
「はい……」
仕方なく答えると、伊東が申し訳なさそうにした。
「昼休みにごめん。ちょっといいかな? またあとでもいいんだけど」
「はい……い、いえ、大丈夫です。どうぞ……」
「そう、ありがとう」
なんとも優雅に微笑んで彼は楓のデスクへやってくる。
女性社員たちに、『あんな風に頼まれたらどんな無理難題でも叶えてあげたくなるわよね』と言われている通称キラースマイルである。
「東京クラフトさんの件なんだけど……、修正が多くて申し訳ない」
確かに『東京クラフト』は楓が担当している案件だが、今までのやり取りはチャットのみ。こうやって彼が直接やってくることはほとんどない。
楓の胸がドキドキした。
イケメンとの急接近による乙女ちっくなドキドキではなく、やばいよやばいよ、という種類のドキドキである。
「ほらもう気が済んだでしょ、ご飯食べるんだから帰って帰って」
山口が太田を追い払い、植島も含めて解散する。
「今回は……」
伊東の説明に、付箋を出してメモを取りながら、ほら仕事じゃん、とホッとする。
当たり前だ。
営業部の王子さまが経理課の座敷童子に仕事以外で用事なんてあるものか。
——けれど。
楓の斜向かいのディスクで山口がサンドウィッチの袋をビリッと開け、イヤホンを着けたのをちらりと見て、伊東が声を落とした。
「今日の終業後、時間をもらっていいかな? ……三日前の話の続きを聞かせくれる?」
ボキッと折れたシャープペンシルの芯が、楓のメガネにビシッとあたる。
恐る恐る伊東を見ると、彼は端正な顔立ちに一点の曇りもない完璧な笑顔を浮かべていた。
……妄想の世界で幸せに生きるために、楓は現実との間に高い壁を作り極力関わらないようにして生きている。
その壁は、現実世界のあれこれから、楓を守ってくれるのだ。
そしてそれはこれからもずっと続くはず。
そのはずなのだけれど……。
にっこりと笑う伊東を見つめながら、楓は大事な大事なその壁がグラグラと揺れているように感じていた。
「はい……」
仕方なく答えると、伊東が申し訳なさそうにした。
「昼休みにごめん。ちょっといいかな? またあとでもいいんだけど」
「はい……い、いえ、大丈夫です。どうぞ……」
「そう、ありがとう」
なんとも優雅に微笑んで彼は楓のデスクへやってくる。
女性社員たちに、『あんな風に頼まれたらどんな無理難題でも叶えてあげたくなるわよね』と言われている通称キラースマイルである。
「東京クラフトさんの件なんだけど……、修正が多くて申し訳ない」
確かに『東京クラフト』は楓が担当している案件だが、今までのやり取りはチャットのみ。こうやって彼が直接やってくることはほとんどない。
楓の胸がドキドキした。
イケメンとの急接近による乙女ちっくなドキドキではなく、やばいよやばいよ、という種類のドキドキである。
「ほらもう気が済んだでしょ、ご飯食べるんだから帰って帰って」
山口が太田を追い払い、植島も含めて解散する。
「今回は……」
伊東の説明に、付箋を出してメモを取りながら、ほら仕事じゃん、とホッとする。
当たり前だ。
営業部の王子さまが経理課の座敷童子に仕事以外で用事なんてあるものか。
——けれど。
楓の斜向かいのディスクで山口がサンドウィッチの袋をビリッと開け、イヤホンを着けたのをちらりと見て、伊東が声を落とした。
「今日の終業後、時間をもらっていいかな? ……三日前の話の続きを聞かせくれる?」
ボキッと折れたシャープペンシルの芯が、楓のメガネにビシッとあたる。
恐る恐る伊東を見ると、彼は端正な顔立ちに一点の曇りもない完璧な笑顔を浮かべていた。
……妄想の世界で幸せに生きるために、楓は現実との間に高い壁を作り極力関わらないようにして生きている。
その壁は、現実世界のあれこれから、楓を守ってくれるのだ。
そしてそれはこれからもずっと続くはず。
そのはずなのだけれど……。
にっこりと笑う伊東を見つめながら、楓は大事な大事なその壁がグラグラと揺れているように感じていた。



