終業後。

『あの話の続きを聞かせてくれる?』と微笑んだ伊東に連れていかれたのは、会社からは近いけれど通りを一本入ったところ、少しわかりにくい場所にあるレトロな喫茶店だった。
 
テーブル席はパーテーションで仕切られていて、ほかの客の目をそれほど気にせず話ができるようになっている。会社の人に見られることはなさそうだ。
 
伊東と向かい合わせの席に座る楓は目の前に置かれたメロンクリームソーダに隠れるように小さくなっている。
 
伊東がコーヒーをひと口飲んでカップをソーサーに置いた。

「連日呼び出してごめんね」
 
申し訳なさそうなその笑顔がいつも以上に嘘くさく見えるのは気のせいだろか。

「いえ、先日はありがとうございました……」
 
社会人のたしなみとしてとりあえず礼を言うが、本当はちっともありがたくない……と心の中で思う。
 
なにしろそのせいで、今この瞬間ピンチに陥っているのだから。

「あの店、美味しかったでしょう。自分ではなかなか行けないので、ここぞとばかりに部長におねだりしちゃいました」

「はぁ」

「時間が時間だし、今日も食事でもと思わなくなかったんですが、藤嶋さんはアルコールが出ない場所の方がいいのかな?と思って」
 
さっそくジャブを打たれて、うっとなる。
 
早々に本題に入るようだ。
 
まぁなごやかにおしゃべりする仲でもないし。

「あの日、ちゃんとひとりで帰れた?」

「ええ、まぁ」

「よかった。けっこう酔ってたみたいだったから」

「せ、先日は失礼しました。私、お酒に弱くて……最後の方はなに言ったか記憶になくて……」
 
ワンチャン、酔っ払いのたわごとと流してもらえないかと思いそう言ってみる。