オズワルドはトーコの部屋に入ると、ベッドの方に一直線に行った。ベッドの上に仰向(あおむ)けになると、オズワルドは大欠伸(おおあくび)をした。

「忙しそうだね……。もしかして寝る時間、少ないの?」

 トーコは化粧台の前のイスに座ると、心配そうにオズワルドの顔を見つめた。

「まあな。疲れている分は、熟睡できてる気はする」

「そっか……。本当にお疲れ様です」

「お前もな。……親戚(しんせき)づき合い、お疲れ様」

 と、オズワルドは体ごと横に向け、トーコの顔を見た。

「そーいや、七日間丸々、仕事は無いそうだ。……まあ詳しく言えば、オスカー様が気を利かせてくださって、明後日中には仕事の区切りがつけられるらしい。本来の仕事の都合も、お前のこともあるから、ホントありがたいな」

「そーなんだ、良かったっ!」

 ふふっとトーコは笑い、オズワルドのこともあるが、ヒノキ村にも恋しくなったようだ。
 そして、彼女はやはり人目が少なく、静かな場所の方が落ち着くと、しみじみと感じたのだった。


 オズワルドがトーコの部屋で休んでいたのは、長い時間ではなかった。ソフィアと昼食を取っていた時間よりも、少し短かった。

 再び仕事に戻るために、オズワルドは部屋を出たが、トーコも部屋の外まで彼を見送ることにした。

「……なら、またな」

 オズワルドはトーコの片手を顔の近くに持っていくと、彼女の手の甲に口付けた。


 
 その時、部屋の近くの中庭の方から、誰かがこちらにやって来た。ズケズケと歩いてくる気配を感じて、トーコとオズワルドが中庭の方を見ると、ジュリアンが近付いてきた。
 
 ジュリアンは、明らかにケンカを吹っかけるような表情をして、オズワルドを見上げた。

「お、ま、えっ! 女の子の部屋に押しかけるなんて、ホントやぁーらしぃぃ~」

「女性に声かけまくっては、繰り返し()めごと起こしている人には、言われたくないですね」

 オズワルドに痛いところを突かれ、ジュリアンは無意識に顔をピクッとさせた。

「クソッ、相変わらず正論を振りかざしやがって……。何だかムシャクシャするから、(から)む気が失せたわ~。……ったく、超絶いけ好かねーっ」


 無表情を保っているオズワルドに対して、ジュリアンが(にら)んだ時、遠くから侍女(じじょ)の声が聞こえた。

「ジュリアン様ぁ~。国王陛下が、お呼びでしたよー」

 廊下(ろうか)の角を見てみると、侍女は一人だけではなかった。六、七人は居るようだ。
 ジュリアンに声を声をかけた侍女以外の三人は、彼に向かって笑顔で手を振っていた。その他の侍女たちは、キャッキャウフフと小さい声で騒いでいるようだった。

「はいは~いっ♪ 今、行くよー」

 表情をコロリと変え、ジュリアンは機嫌が良くなったような顔になり、軽い足取りで、侍女たちの方に向かっていった。



 一方で、グレースはというと、イライラしながら、リビングルームに入っていった。そこでは、オスカーとハンナがハーブティーを飲みながら、ひと休みしていた。

 グレースはハンナの横にドサッと勢いよく座ると、金切り声で独り言を言った。

「何なのよ、あの子っ!! 変な髪色のクセに、こっそりとオズワルドを(たぶら)かして、訳分かんないっ!」

「全く、アナタは……。今日も()りずに、誰かを(けな)して、何の意味があるのですか……」

 しかめっ面をして、淡々(たんたん)とグレースを注意をしたオスカーに対して、グレースは大声で反論した。

「オスカー兄さんこそっ、あの子を(かば)い過ぎているんじゃないっ!?」

 オスカーはハーブティーのカップを置くと、深く()め息をついた。

「私は、王宮の秩序(ちつじょ)が乱れるのが嫌なだけです……。
 グレース。そんなことよりも、アナタはどんな想いでユーコ殿がジョンにトーコを(たく)したのか、母親になった今になっても、理解できないのですか??」

「そっ……そのことは知っているわっ! 知っているけど――」

 グレースは、お気に入りのオズワルドが独り者じゃなくなるのが、なかなか受け入れられないらしい。


 その時、トーコに嫉妬(しっと)して、悶々(もんもん)としていたグレースを見兼ねて、ハンナも話し始めた。

「……まあまあ、グレース。貴女(あなた)には素敵な旦那(だんな)様が居るから、オズワルド君にこだわる必要は無いんじゃない? 十二人の子どものお母さんなんだし、経営者の旦那様の支援だけじゃなくて、子育ても忙しいし、毎日やることが多いから、まずはそちらに目を向けたら、どうかしら?」

「ハ、ハンナ姉さんまでっ! そんなことっ、私だって、ちゃんと分かっているわよ!! ……今が書き入れ時だってゆーのもあるし、家の方がテンヤワンヤだから、もー帰るっ!」