ふたりで唄うラブソング

【第五章】

〇撮影現場、コンサートホール(昼)
想乃「紗彩こそ、どうしてここに?」
紗彩「ピアノを弾く手元を撮影するバイトだけど」
想乃(じゃあ、到着せず連絡もつかなかったピアニストって……)
大遅刻してきたにもかかわらず、へらへらと笑っている紗彩に、スタッフも出演者たちもすっかり呆れている様子。
紗彩はきょろきょろと辺りを見渡す。
紗彩「へぇ〜映画の撮影ってこんな感じなんだ」
スタッフ1「白石さんですね? 連絡がつかなかったので心配しておりました。どうかなさったんですか?」
紗彩「実はここに来る途中渋滞に巻き込まれちゃって。間に合うかなって思ったので、返事はしなかったんです。無事に着いてよかったです」
スタッフ1「状況が把握できないとこちらも対応しかねるので、必ず一報を入れてください」
困ったように眉尻を下げる紗彩「ごめんなさい……」
だが、紗彩はすぐに気を取り直し、明るい調子で続ける。
紗彩「今から撮影ですよね? すぐ準備します」
スタッフ1「もう結構です。別の方に代わっていただいて撮影しましたので」
紗彩「え、別の方って……」
紗彩と視線がかち合う想乃。
紗彩「もしかして、想乃ですか?」
スタッフ1「はい、そうですが」
紗彩「えっ、嘘〜。だって想乃音大も行ってないし、ピアノのレッスンも高校の途中で辞めたんですよ? コンクールでアラベスク弾いたときなんか、ミスして舞台で泣いちゃって。この子のピアノを商業的に使うのはちょっと厳しいんじゃないかなって……」
想乃は真っ赤になって言葉に詰まる。
想乃(私より紗彩の方がずっとうまいことくらい、よく分かってる)
想乃(でも、みんなの前で私の黒歴史言うなんてひどい)
すると、そこまで黙って話を聞いていた理央が、前に出る。
理央「その言い方、失礼じゃないですか?」
周りのスタッフたちがうんうんと頷く。
紗彩「三好理央さん……!? 本物だぁ……。えっとだから、もちろん感謝はしてます。でも、うまい人でちゃんと再撮影したほうがいいんじゃないかなって。作品と想乃を思ってのことなんです」
理央「監督もOK出してるし、再撮影の必要はないと思います。――ですよね?」
理央がスタッフに尋ねると、スタッフにが「はい」と頷く。
理央は紗彩を見据えて、冷たい眼差しを浮かべる。
理央「ピアノの技術のこと俺はよく知らないです。でも、遅刻をしても連絡すらしないあなたより、想乃さんの方が社会的に通用する力があると思いますよ」
かあっと顔を赤くする紗彩「なっ……」
想乃(庇って、くれた)

〇コンサートホールの廊下(夕方)
帰りの支度を済ませた想乃と理央が一緒にいるところに、紗彩が駆け寄ってくる。
そして、紗彩は理央に謝る。
紗彩「さっきは本当にすみませんでした……! 私まだ、お仕事の経験がない学生で……。それより私実は、三好さんのファンなんですっ。おじいさんがラーメン屋さんしてて、だから三好さんもラーメンに詳しいんですよね!? 私もラーメン大好きなので、詳しく教えていただけませんかぁ?」
理央「すみません、この後も仕事なのでもう行きます。それに、謝る相手は俺じゃないのでは」
紗彩「……」
理央は想乃を見て。
利用「行こう」
想乃「は、はい」
紗彩「ま、待って。ふたりでどこに行くの?」
想乃「…………」
想乃は立ち止まり、しばらく考えたあとで、紗彩をまっすぐ見据える。
想乃「私、実は今、音楽関係の仕事してるんだ。それで、ユーステや三好さんにも関わらせてもらってて」
紗彩「ユーステと!? え、すごい! なんでもっと早く言ってくれなかったの? 水臭いなぁ。私が推してるのを知ってたくせに」
想乃(紹介してって頼まれたくなかったし)
理央回想セリフ『俺さ、想乃がピアノに真剣に向き合ってきたってことはよく知ってるよ』
理央回想セリフ『天才がどんな奴を指すのか分かんないけどさ、俺の心にはちゃんと響いたから』
想乃「……確かにピアノは紗彩の方がずっとうまいし、才能もあるよ。でも私も、私なりに一生懸命頑張ってきたからさ」
想乃「紗彩に下に見られるようなこと言われるの、本当はずっと嫌だった」
紗彩「……っ、想乃……」
想乃「もう行くね」
立ち尽くす紗彩の横を、想乃が通り過ぎていく。残された紗彩は、複雑そうな表情を浮かべていた。

〇街中(夕方)
想乃モノローグ[撮影が終わったあと、三好さんとタクシーで向かった先は、事務所じゃなかった]
タクシーから降りて、ふたりは街道を歩く。
想乃「あの……どこに行くんですか?」
想乃の前を歩く理が答える。
理央「いいからついてきて」

〇理央の祖父が営むラーメン屋(夕方)
理央「入って」
想乃「ここってもしかして、さっき紗彩が言ってたおじいさんのお店ですか?」
理央「正解」
ガラ……と戸を開けると、明るく快活な雰囲気の老年男性が出迎えてくれる。
理央の祖父「へいらっしゃい……って、理央! よく来たなァ。しばらく顔を見せなかったが、元気してたか?」
理央「うん。ふたり、いい?」
理央の祖父は想乃を上から下までじっと観察する。品定めされているようでどきどきしていると、彼は気の良い笑顔を浮かべた。
理央の祖父「理央が女の子連れてくるなんて初めてだなァ。あんた、モデルさんかい?」
想乃「い、いえ。大学生です。三好さんと……同じ大学の」
理央の祖父「ほーうそうかい。ンじゃあ、奥入ってくれェ」
個室に案内されて、しばらく待つと、ラーメンが二人分運ばれてくる。
理央の祖父「へいお待ち。ゆっくりしてってくれ」
鶏白湯の白いスープが特徴のラーメンから、湯気がのぼる。
手を合わせる想乃。
想乃「いただきます」
ひと口ずるる……とすすり、ぱっと表情を明るくする。
想乃「おいしい……!」
理央「はは、じーちゃんに言っとくよ」
想乃「ラーメン、お好きなんですね」
理央「んー、まぁ」
想乃「……もしかしてあんまり、ですか?」
テーブルに頬杖をつき、部屋の内装を見つめる理央。壁にはユーステメンバーのサイン色紙が飾られている。
理央「前にこの店、一回潰れそうになってさ。そんときに俺がテレビで紹介したのをきっかけに立て直して。以来、公式ではラーメン好きってことになってる。これ――内緒ね」
彼は唇の前に人差し指を立てた。
想乃(そっか。お店の看板を背負ってるってなると、好きじゃなくても気軽に言えないよね)
黙々とラーメンを食べる理央を見つめ、想乃はふわりと微笑む。
想乃「三好さんは、ラーメンというよりラーメンを作るおじいさんが好きなんですね。おじいちゃん孝行ですね」
理央「……」
想乃「どうかしました? ずず……(ラーメンをすする音)」
理央「いや、想乃はそんなふうに言ってくれるんだなって。ラーメン好きでもないのに宣伝するって、嘘ついてみんなを騙してるみたいだなって思ってたから」
想乃「嘘って言う人もいるかもしれません。でも、お店が潰されていくのをじっと見ていられなかったってことですよね。おじいさんの大切なお店を守ろうっていう気持ちだけで、十分じゃないですか?」
想乃は何気なく軽く笑いながら話していたが、理央の胸には確かに響いていた。
想乃は手を合わせ「ごちそうさまでした」

〇ラーメン屋の近くの公園(夜)
想乃「ご馳走していただいてありがとうございました。おいしかったです」
理央「いいえ」
自然豊かな公園には、段差の低い石造りの野外ステージが。想乃はそこに座る。理央は芝生の上に楽な姿勢で座っている。
理央は想乃の顔を見上げながら言う。
理央「元気出たみたいでよかった」
想乃「! もしかして今日ここに連れてきてくれたのって、コンサートホールでのこと気にしてたからですか?」
理央「うん。落ち込んでるように見えたから。てかあんなの、嫌な気分にならない方がおかしいでしょ」
想乃「……」
想乃は沈黙し、頷く。
理央「あの子、知り合い? って、これ聞いて大丈夫?」
想乃「全然大丈夫です。幼馴染で、小さいときからずっと同じピアノ教室に通ってて。コンクールで次々入賞して実力を上げていく紗彩を横目で見て、劣等感感じてました。なんで私はたった一回すら賞を取れないんだろう。あー、才能ないんだな〜って」
想乃は膝の上のスムージーのカップを握り締めながら続ける。
想乃「でもさっき、三好さんに私の音楽はちゃんと届いてるって言ってもらって、はっとしました。思い通りにいかないこともいっぱいあったけど、私にしかないものだってあるじゃん、前に進めてるって。だから――」
想乃はにこりと可愛らしく微笑む。
想乃「ありがとうございます! あんな風に言ってもらえて、すごく嬉しかった」
理央「………」
理はスムージーをひと口飲んで、また横に置く。
想乃「三好さんて、外見だけじゃなく中身もアイドルですよね。国民みんなの理想っていうか、完璧って感じ」
理央「完璧なんかじゃないよ」
理央は想乃の腕を引き、見上げながら言う。
理央「人間だからさ、すげー腹立つときもあるし、悔しくて眠れない日もあるし、寂しくなることもある。それに、誰かをいいなって思って――好きになることも」
そのとき、想乃の鼓動が加速していく。
想乃(誰かを、好きに……)
想乃モノローグ[三好さんはきっと、色んなことを隠して、我慢して、ステージの上でみんなのアイドルとして夢を届けてるんだ]
理央「スマホ貸して」
想乃「へっ? は、はい。どうぞ……?」
バッグから取り出したスマホのパスコードを解いて渡す。理央はメッセージアプリを開いて自分の連絡先を登録。想乃のアプリに、『三好理央』という名前とアイコン、ホーム画面が表示される。
照れる理央「仕事以外で女の子と連絡先交換したの初めてだから」
想乃「……!」
理央「国民みんなのって言ってたけどさ、俺は誰のものでもない。でも」
理央「――想乃のものにならなってもいいよ」
理央はするりと手を伸ばし、想乃の頬に手を添える。
想乃「え……」

〇ライブ会場・外(昼)
瑠莉香「ついにこの日が来た〜っ! 早くみんなに会いたいなぁ」
ライブ会場の入場列に並び、瑠莉香がそわそわしている。
瑠莉香「一緒に来てくれてありがと」
想乃「こっちこそ。楽しみだね」
瑠莉香「うん!」
想乃モノローグ[私が以前提供した楽曲が使われるということで、関係者席に招待されてもらってたけど]
想乃モノローグ[瑠莉香と一緒に一般席で見ることにした]
ライブ会場の外観を見上げる想乃の髪が、風に揺れる。

〇ライブ会場・中(昼)
アリーナ席の前方。ちょうどステージから顔が見えるくらいの距離に想乃たちはいる。
理央「仕事や学校、それから家の事とか、忙しい中で、俺たちのためにわざわざ時間を作ってきてくれてありがとう。今日ここに来たこと、絶対後悔させません」
客席「「きゃあぁぁぁぁ!」」
曲が始まり、ダンスとボーカルのパフォーマンスをするユーステメンバーたち。
汗のひと雫さえ輝き、後ろのスクリーンに理央が映るたび、感性が上がる。
想乃(本当に、別世界の人なんだ)
理央回想セリフ『――想乃のものにならなってもいいよ』
想乃(どうしてあんなことを言ってきたんだろ。からかっただけ?)
理央「次の曲は――です」
別の曲を踊り始めるユーステメンバーたち。
想乃(私が作った曲……)
どきどき興奮しながら、パフォーマンスを食い入るように見つめる。
想乃モノローグ[この曲がパフォーマンスされるまでに、作曲家だけじゃなく、作詞家や編曲家、レコーディングプロデューサー、振付師、演出家。何十人の見えないクリエイターが命を削っている。私もそのうちのひとり]
想乃モノローグ[情熱と努力量に才能と実力が追いついてこない。報われないのが苦しくて、何度と逃げようと思ったけど、それでもやめられなかった]
想乃モノローグ[趣味だから、まだ学生だから、本業じゃないから。そんな言葉で保険をかけて守ってきた。でも本当は――]
想乃モノローグ[バズらせたい、もっと届かせて、広げたい]
想乃(私が大好きな音楽を、もっと)
踊る理央のパート。上がる歓声。
想乃(きらきらと輝くステージの裏で、きっと三好さんはたくさんの不安を抱えながら、血のにじむような努力をしてきたはず)
想乃(全部を差し出して、あのステージに立ってるんだ)
想乃モノローグ[アイドルはみんなの理想で、誰のものでもない。でもそれはステージ上での幻想で、アイドルだってひとりの人間だ]
想乃モノローグ[たくさんの人に愛されまくってるあの人が、本当に私だけのものになったら?]
想乃とき、舞台の上の理央が想乃に気づき、ばんっと手の鉄砲を打つファンサを送る。
赤くなる想乃「かっこいい……」
どんっというドラムの大きな音と、どきんっと跳ねる心臓の音が合わさる。
想乃モノローグ[これはきっと、ドラムのビートじゃなく、私の心臓の音]
引き:想乃モノローグ[恋に落ちる音が、聞こえた]