ふたりで唄うラブソング

【第四章】

○事務所の前(昼)
想乃「あの……よろしければ私が届けてきましょうか?」
マネージャー「いいんですか!?」
想乃「はい。どうせ、三好さんがいらっしゃるまで制作部屋で作業しているつもりでしたので」
涙を流すマネージャー「ああっ、あなたは救世主(メシア)だ……っ! 本当にありがとうございます。助かります」
想乃「そ、そんな……大袈裟です」
マネージャー「撮影が13時からなので、今から行けばぎりぎり撮影に間に合うと思います」
マネージャーの腕時計の針は、12時をさしている。
想乃「それで、どこに届ければ?」
マネージャー「はい、今から住所のメモをお渡ししますので――」

○タクシーの中(昼)
膝の上に台本を起き、窓の外を見つめる想乃
想乃(間に合うといいな)

○楽屋(昼)
椅子に座ってスマホを触る理央。
理央メッセージ『台本忘れた』
マネージャーメッセージ『打ち合わせのときに修正したセリフを書き込んだやつですか!?』
理央メッセージ『そう』
マネージャーメッセージ『はぁ!? どこにあるんですか!?』
理央メッセージ『たぶん制作部屋の机』
マネージャーメッセージ『(怒った顔の社畜のスタンプ二連)』
最新メッセージがぽんっと追加される。
マネージャーメッセージ『今、ソノ子さんが台本を持って向かってくださってますので!』
マネージャーメッセージ『(命拾いでござる、というメッセージ入りの武士のスタンプ)』
理央は驚く。
理央(想乃が?)
理央はメッセージアプリを閉じて、縦スク動画のアプリを開く。イラストの女の子が踊るMVに想乃の歌声が流れてくる。いいね♡数は125件
タップして想乃の動画にいいね♡を押す。
それからコメント欄に、「頑張ってください、応援しています」と投稿。
パタパタと足音が聞こえてきて、次の瞬間、扉が開き放たれる。
息を切らした想乃が、膝に両手をついて呼吸を整える。
想乃「は、はぁ……はぁ……台本を、届けに……」
理央は椅子から立ち上がって、想乃の元に歩み寄り、背を丸めて彼女の顔を覗き込む。
理央「うん、マネージャーに聞いた」
汗をかいていて、前髪が想乃の額にべったりと張り付いていて、頬も赤らんでいる。
理央「走ってきてくれたんだ?」
想乃「はっ……はぁ、早く届けなくちゃと思って……どうぞ」
想乃は握り締めていた台本をこちらに差し出して、満面の笑みを浮かべた。
想乃「撮影、頑張ってください!」
理央「……」
理央は想乃笑顔にきゅんと胸を射抜かれて、ほんの少しだけ頬を染める。
彼女の手から、大事そうに台本を受け取る。
理央「ありがとう」
想乃「それじゃあ、私は先に事務所に戻りますね」
出て行こうとする想乃の肩を掴んでで引き止める。
理央「待って」
理央「せっかくだし、見学してけば?」

○撮影現場・コンサートホール (昼)
想乃モノローグ[今回の撮影は、半年後に公開予定の恋愛映画。ピアノ好きの女子高生が主人公で、三好さんはヒーローの友達役。そして当て馬]
想乃(見学させてもらっちゃった)
想乃(映画の撮影生で見るなんて、初めて)
舞台の上では、芸能人とスタッフたちがリハーサルをしている。
想乃(あ、あの人知ってる。あの人もテレビで見たことある人だ)
想乃はわくわくして、目を輝かせる。
いよいよ本番が始まり、薄暗い舞台の上に、制服姿の理央とヒロインが立つ。
理央はヒロインの手を掴み、言う。
理央「あいつのこと、好きなんでしょ」
ヒロイン役の女優「どうして、それを……」
理央「幼馴染として、ずっとお前のこと見てきたから。あのさ」
理央はヒロインの手に、自身の指を絡める。
それから、ヒロインの顎を持ち上げて切々と訴える。
理央「もう、お前の心に俺が入る隙、ない? ――俺だけ見ろよ」
ヒロインの女優は目を見開き、言葉を失う。
監督「はいカット! よかったよ」
そのシーンを見ていた想乃は、どきどきして思わず両手で頬を抑える。
想乃(どきどきした……)
想乃(三好さん、演技もできるんだ)
監督と話し終えたあと、理央は想乃のもとに歩んでくる。
想乃「お疲れ様です」
理央「うん」
次のシーンの撮影に移るが、ここでトラブルが。
スタッフ1「困りましたね」
スタッフ2「ここを貸し切れるのは今日だけなのに……」
スタッフ3「手元のシーンは全カットしますか? それか別のスタジオで……」
想乃「トラブル……でしょうか」
理央「うん。手元撮影のピアニストがまだ来てなくて、連絡もつかないっぽい」
すると理央は想乃をじっと見つめる。小首を傾げる想乃。
理央「ピアノ弾ける人なら、いますよ」
理央はスタッフたちに声をかけ、想乃の腰を抱き寄せて言う。
想乃「へっ?」
スタッフ1「本当ですか?」
理央「はい。この女性に音楽のユーステの仕事を手伝っていただいてて」
スタッフ1「ぜひお願いしたいです……!」
想乃(待って、読ませてもらった台本には天才ピアニストって書いてあった)
想乃(私は天才じゃない)
想乃「私には、天才ピアニストの演奏なんてとても……」
紗彩『あははっ、よく言われるんだけど私、才能あるとか全然思ってないし。むしろ、想乃がずっと羨ましかったくらいで。私よりずーっと努力してたでしょ? あんなに努力できる才能、私にはないからさ』
紗彩に言われた言葉を思い出し、暗い顔をする想乃。
理央「俺さ、想乃がピアノに真剣に向き合ってきたってことはよく知ってるよ」
理央「天才がどんな奴を指すのか分かんないけどさ、俺の心にはちゃんと響いたから」
想乃「……!」
理央「やりたくないなら無理にとは言わない。どうする? 想乃。やめる?」
想乃モノローグ[人前に出ると失敗ばかりするし、私は紗彩みたいな才能もない]
想乃モノローグ[でも、ピアノを弾く手元を映画で流してもらえるなんて、そんな機会二度と来ない。挑戦してみたい]
想乃はぎゅっと拳を握り締めて覚悟を決める。
想乃「やります。やらせてください……!」
理央「――いい返事だ」
スタッフが想乃に楽譜を渡す。
スタッフ2「今回はドビュッシーのアラベスクを弾いていただきたくて。音は別撮りするので手元の動きだけ撮らせていただければと思います。あとから当てる音と違和感が出ないようにしっかり弾いてほしいです」
想乃(アラベスク……)
想乃「過去に練習したことがあるので、ひと通り弾けます」
スタッフ1「本当ですか!? では早速撮影に移りましょう」
想乃はカメラを向けられながら、アラベスクを弾いた。
スタッフ一同は、「おお……」と想乃のピアノを聞き感嘆する。
カメラの後ろで、スタッフが理央に言う。
スタッフ3「彼女、音大生ですか?」
理央「いいえ、とても尊敬しているクリエイターです」
理央は舞台の上で活き活きとピアノを弾く想乃を見つめ、満足気に口角を上げる。
理央「やるじゃん」
撮影後。
スタッフ1「本当にありがとうございました!」
スタッフ2「演奏もバッチリでした! 音だけ別撮りにするつもりだったんですけど、監督の許可が出たので、手元の動きだけじゃなく音もこのまま使わせていただいてもよろしいですか?」
想乃「もちろん大丈夫です。私こそ、貴重な機会をいただきありがとうございました」
胸に手を当てる想乃(どきどきしたけど、楽しかった)
想乃は理央のもとに行く。
理央「制服姿、似合うね」
照れながらの想乃「コスプレ感が否めないですけど」
理央「そんなことないよ。かわいい」
想乃」「……!」
理央「高校時代にアイドルやってなかったら、想乃と制服デートしてみたかったな」
想乃は、高校の制服を着た想乃と理央が放課後に街で遊ぶ様子を思い浮かべる。一緒にクレープを食べ、プリクラをとって、UFOキャッチャーをする、など。
想乃「わ、私も……」
理央「?」
想乃「学校帰りに、三好さんと遊びに行けたら、楽しそうだなって思いました」
すると、理央はどこか愛しげに想乃を見つめた。
そのとき、ホールに転がすような声がして、紗彩の姿が。
紗彩「すみません、遅れましたぁ」
紗彩「あれ、想乃がどうしてここに……?」
紗彩と対面し、目を見開く想乃。
引き:想乃(紗彩――!?)