左からKiss me!

「フッ」
その場にずるずると座り込んだ私を見下ろして彼が鼻で笑う。「アメリカの冷蔵庫」と呼ばれるこのミネソタの冬の外気よりつめたい笑い。
「俺のキスは極上だろう? もっと味わいたければ今夜、俺の部屋へいっしょに来るんだ」
目の前に片膝を突き、左手の人差し指と親指で私のアゴをすっと上げほほ笑む彼。私は彼をじっと見つめ、
それから彼の首にするりと腕をまわす。「良い子だ」と彼が低く言った。嬉しそうに。
ので、

彼の肩甲骨のラインを拳で思い切りぐりぐりしてやる。彼が一瞬ビクッとし、
それから笑いと怒りがないまぜになった目で私を軽くにらんだ。

「お客さん、こってますね」
私がそう言ってニヤリと笑うと、彼もニヤリと笑う。
「毎日、お仕事頑張りすぎじゃないですか?」
「そうだ。だから毎晩あなたを抱きたい」
ストレートに誘われてついキュンとしてしまった。鎖骨の赤い口紅に軽くキスをされ、心臓をぎゅうっとつかまれた気分になる。

私の全身には彼がつけた噛み痕やキスマークがいたるところに散っている。それをスーツで押し隠している。

「今夜も私を抱きたいなら、もっと心をふるわせる言葉を勉強して、ね?
日本語の」

私は愛の女神のようにそう言って、彼の左手の人差し指の先を軽く噛んだ。
うっすらと赤リップの色が残るその指先を。(惚れられたほうが常に勝者、でしょ?)


2025.07.24
蒼井深可 Mika Aoi
*自サイトに載せた自作品を転載。