夏休み前にさくらはサークルの先輩に大学近くのカフェで週末だけのバイトを紹介してもらった。

大学からも家からも近くて、土日に人が足りないと聞いて先輩にお願いして週末だけ入らせてもらえる事になったのだ。

親の許可もおりて、初めてのバイトを先輩に教えてもらいながら楽しく働いていた。

もちろん自分で働いたお金でピンキーリングを買うために…


ある日の土曜日、さくらが少し遅い昼休憩から戻ってくると店内にその音が響いた。


「バシッ」


え?叩いた音だよ…ね…


さくらは音のした方を見ると女性が立ち上がり「別れる」と言い残して店から出ていったのだ。


店内にはだいぶランチのお客さんは少なくなっていたが当然みんな振り向き、小声で別れ話だねと言っている人もいた。


あの後ろ姿は…佐野くんだ……


バスケ部の白いTシャツに白いジャージを着た男性が頭を下に垂れている後ろ姿をさくらは見た。

Tシャツには大学名が後ろに入っている。

さくらは冷たいおしぼりをテーブルにスっと置いた。

「どうぞ……」


さくらは小さな声で使ってと言った。


佐野くんは長く伸びた髪の毛の間から目がなんとか見えた。

高校時代からウルフカットの佐野くんは試合中には軽く後ろに髪の毛をしばったりしていた。

今はそのまま伸びた感じで髪の色は黒からブラウンに変わっている。


私が見えたのか、顔をあげると

「えっと……ありがとう」と言うと今度は上を向き、おしぼりを広げて顔にのせて腕を組み、長い足を伸ばしてしばらくじっとしていた。


さくらは仕事をしながら30分経っても席を立たない佐野くんをチラチラと見ていると体勢を変えて肘をついて頭を支え、何か考えていると思われていた頭がカクンとなった。

(寝てる?)


さすがに何も注文していないお客さんをそのままにはしておけないし、さくらは佐野くんの座っているテーブルに向かい、肩を軽くポンポンと叩いた。