伝えたい想いは歌声と共に

 取り憑かれたからって、その瞬間、見えている景色や聞こえてくる音がガラッと変わるわけじゃない。
 だけど、体の自由に限って言えば全然違う。
 自分の体のはずなのに、指一本だって動かすことができなくなる。
 さっき階段で取り憑かれた時も、こんな感じだった。
「どうだ、もう取り憑けたのか?」
 私たちを見守っていた三島が言う。すると、私の口が勝手に動く。
「ああ、上手くいったみたいだ」
 返事をしたのは私であって私じゃない。私の体を操って、ユウくんが喋っていた。
「藍、疲れたり、気分が悪くなったりはしてないか?」
 今度は、頭の中にユウくんの声が響く。
 どうやらこの状態では、私たちは念じさえすれば、頭の中で話ができるようになってるみたい。
「大丈夫だよ」
 ユウくんが心配するようなことは何も起きてない。
 三島も言ってたけど、私とユウくんなら、取り憑いても問題はないみたい。
「藤崎は、なんて言ってるんだ?」
「なんともないって。少なくとも、今は大丈夫そうだ」
 次にユウは、私の体を操りながら、自由に動かせるか確かめていた。
「動き難くなって無い?」
「ああ。目線がいつもより低いくらいかな」
 私とユウくんじゃそもそもの身長が違うから、そこは仕方無い。
 けど、それ以外に不自由なところはないみたい。
「それで、ユウくんのやりたいことって何なの?」
 今まで聞いてなかったけど、ずっと気になってた。
 ユウくんのやりたいこと、いったいなんだろう。
 するとユウくんは、部室の隅に置いてあるベースに目をやった。
「借りてもいいか?」
「もちろん。元々ユウくんのものだよ」
 ユウくんはベースを肩にかけると、弦を一本一本丁寧に確認する。
「弾くのか?」
「ああ、そのつもりだ」
 三島も、ユウくんがベースをいじってるのを見て興味が出てきたみたい。
 もちろん、私だってそう。
(ユウくんの演奏、まだ聞くことができるんだ)
 ユウくんの演奏を最後に聞いたのは、もう四年も前。もう、二度と聞けないって思ってた。
 ワクワクなんて言葉じゃ言い表せないくらいの高揚感が込み上げてくる。
 ユウくんは、さらに何度か弦を弾いて音を確かめ、本格的に弾くための体勢に移る。
「ユウくん、頑張って」
「ああ。それじゃあ、いくぞ」
 そして、私の体を使って、ユウくんの演奏が始まった。
 体が勝手に動いて、指が全く知らない動きをしているっていう、今まで経験したことのない、不思議な感覚。
 ベースに繋いだスピーカーから、明るい雰囲気の曲が流れてくる。
  そこで私は、あることに気付く。
(あれ? これ、私の知ってるやつだ)
 この曲には、どこか聞き覚えがあった。けど、すぐにはハッキリと思い出せない。
(ユウくんが、昔文化祭で弾いてた曲だっけ? ううん、違う。それよりも、もっとよく聞いてた気がする)
 だけど、曲が進んでサビの部分に差し掛かったところで、閉じていた記憶の扉が開いた。
(あぁっ! これ、『この子はピュアピュア』の歌だ!)
 思わず叫びそうになるけど、その言葉は声にはならずに、頭の中に響くだけ。
 だけどそれはユウくんにはしっかりと届いていて、僅かに口元が緩むのがわかった。
【ねえユウくん、弾いてほしい曲があるの。『この子はピュアピュア』の歌って弾ける?】
 昔、私はユウくんにそうお願いして、ユウくんは弾くって約束してくれた。
 その約束を果たす前にユウは亡くなったけど、ユウくんは今、私の体を使ってその曲を演奏している。
(ユウくん──)
 私が好きだったアニメの主題歌。
 っていっても、それは昔の話で、このアニメのシリーズも、見なくなってからずいぶん経つ。
 それでも、ユウくんが約束を果たしてくれたんだって思うと、たまらなく嬉しかった。
 しかも、驚くのはそれだけじゃない。
(これ、編曲されてる)
 ユウくんが弾いているこの曲は、元の曲からアレンジが加えられてて、昔聞いていたものとは少しだけ違ってる。
 それも当然だ。
 元の曲だと、ベースでは出せない高さの音もあって、そのまま弾くのは無理。
 昔の私はそんな事も知らずにお願いしたけど、今ならかなり無茶を言ったんだってわかる。
(無理なら無理って、断ってくれてもよかったのに)
 なのにユウくんがそうしなかったのは、私を喜ばせたかったからなんだよね。
 そう思うと、この演奏がより一層嬉しく思えた。
 曲は終盤に差し掛かり、いよいよ最後の音が鳴る。これで、この演奏は終了だ。
 けど私の胸のドキドキは終わらず、今も高鳴り続けてきた。
 頭の中に、ユウくんの声が聞こえてくる。
(どうだった?)
 期待と緊張と、それから少しの茶目っ気が混ざったような声。
 どうだったかなんて、決まってる。
「ありがとう。本当に本当に、ありがとう」
 ありったけの感謝を込めて言う。
 こんなんじゃ、とても全部の気持ちなんて伝えられない。それでも、私に言える精一杯の言葉だ。
 ユウくんは、それを聞いて嬉しそうに笑ってた。
 するとその時、不意に部室の扉が開いた。
「あら、やってるわね」
 そんな言葉と共に入って来たのは、大沢さんだ。今日も高校の授業が終わった後にやってきて、色々教えてもらうことになってたの。
 その姿を見た途端、ユウくんが私の体から抜け出す。大沢さんの前でいつまでも取り憑いていたらまずいって思ったのかも。
 本当は、ユウくんに言いたいことはもっとたくさんあったんだけど、そういうわけにもいかない。
 軽く目配せだけをして、大沢さんの方を向く。
「今の曲、懐かしいわね。有馬君に教わったの? まるで、有馬君本人が弾いてるのかと思ったわ」
 さっきの演奏を聞いていて、私が弾いたものって思っているみたい。
 まさか、ユウくんが取り憑いて演奏したなんて思わないよね。
 それより、今の言葉を聞いて気になることがあった。
「この曲のこと、知ってるんですか?」
 さっきの口ぶりだと、そんな風に聞こえる。すると大沢さんは、クスリと笑って答えた。
「ええ、もちろんよ。だって私、それの編曲を手伝ったんだもの」
 えっ……?