離した手の温もり

「おいしい!
なにこれ!?」
「ビシソワーズです」

意を決してその白い液体を口にした相澤さんは口元を押さえて、目を見開いた。

私も一気にそれを流し込む。

口いっぱいにジャガイモとコンソメの味が広がった。

懐かしい味。

「ビシ…?」
『じゃがいもの冷製スープですよ』
「へぇ…
初めて飲んだ」
『おいしいですよね、これ』
「美愛、好きだよな」
『うん。懐かしい味がする』
「…なにか飲む?」
『あー…
ジェントルマンジャック、ある?』
「あるよ。ソーダ割り?」
『うん』
「私はカシオレ!」
「かしこまりました」

注文を受けた彗くんは無駄のない動きで酒を作り始めた。

ジェントルマンジャックというのは私がよく愛飲しているウイスキーだ。

炭酸で呑むのが好き。

「原田さんてウイスキー呑むんだ。意外」
『たまにですけどね』
「お酒強い?」
『どうだろう…
そんな強くはないと思いますけど』
「強いよ。

——カシオレとハイボールお待たせ」

彗くんは私達の手元にグラスを置いて言った。

余計なことを…。

私は人より酒の耐性がある。

ただそれを人にあまり言いたくなかった。

必要以上に飲まされるから。

『……ありがとう』
「メシは?食った?」
『まだ。仕事帰りだもん』
「オムライスでいいなら作ろうか?」
『……いいの?』
「ちょっと待ってくれるんなら作るよ」
「私も食べたいです」
「了解」

彗くんは穏やかな笑顔を浮かべて、奥へ消えていった。

本当はメニューにないんだろうな。

ここはバーであってレストランではない。

あるのは軽食やおつまみ系だけなはずだ。

本当に人がいい。

「彗さん?だっけ?
仲良いんだね」
『まぁ…幼馴染ですから』
「いーなぁ、あんなイケメンの幼馴染。
私も欲しい!」
『ははは…』
「彼女いるかなぁ?」
『さぁ?
知らないです』

どうやら相澤さんは彗くんをお気に召した様子。

あの甘いマスクの笑顔を見たらコロッと落ちちゃうだろう。

学生の時何回も目にしてきた。

そしてあの底なしの優しさ。

惚れる女性は少なくない。

「お待たせ」

十分ほどだろうか。

彗くんが二つの皿を手に戻ってきた。

お皿の上にはオムライスが乗っている。

デミグラスソースのかかった半熟卵のオムライス。

「おいしいそう!」
『ありがと』
「美愛とは仕事仲間?」
「はい。後輩です」
「仲良いね」
「えへへ、そうだと嬉しいです」

彗くんと相澤さんが話している中、私はハイボールを呑みながらオムライスを黙々と口にした。

バターライスが口いっぱいに広がり、空腹の胃が満たされていく。

楽しそうに話す彼女の邪魔をしては悪い。

私は大人しくしていよう。

ちらり、と相澤さんの表情を盗み見ると女の子の顔をしていた。

職場でいつも見る男性たちに囲まれている時の表情とはまた違う。

これが本来の恋する姿なのかもしれない。


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「あ…もうこんな時間」
『帰りますましょうか。明日も仕事ですし』

気づけば時計の針は九時をさしていた。

お客さんはまだまばらにいる。

これ以上長居すると明日の仕事に支障が出るので出来れば帰りたい。