離した手の温もり

「もう行ける?」
『ちょっと待ってもらえますか?
如月さんと千葉さんに挨拶してきます』

私は相澤さんの返事も聞かずに如月さんのデスクに足を向かわせた。

少し疲れた表情でパソコンと睨めっこしている。

その少し離れた場所で千葉さんも同じ表情をしていた。

大変そうだ。

『如月さん』
「ん?
ああ…原田か」
『私、上がりますけど手伝うことありますか?』
「あー…
いや、いい。相澤と約束してんだろ」
『まぁ…』
「……悪いな、相澤のこと。
大変だろ」
『いえ、あの人何か手近な目的をつけてあげるとちゃんと仕事してくれますよ』
「………たった一週間でそれに気づいたのか」
『伊達に色んな人と関わってきてませんから。
人の扱いには慣れてます』
「……頼もしいな」

店舗スタッフだった頃、色んな店舗に異動させられた。

みんなが皆んな人当たりのいい人ばかりではない。

一癖も二癖もある人と接してきた。

そういう時、私はその人の強みを見つけてそれを生かす道を見つける。

上手く付き合っていく為の処世術。

「今日は帰っていいぞ。千葉さんにも俺から言っとく」
『……ありがとうございます』
「明日は残業、お願いするかもしれんからよろしくな」
『はい。お疲れ様です』
「お疲れ。呑みすぎるなよ」

私は如月さんのデスクを後にした。

ふと、千葉さんのデスクに目をやると受話器を耳に当てて誰かと通話している。

今声かけるのは無理そうだ。

丁度、目が合ったので軽く会釈だけして相澤さんの元へ戻った。

「えー、どうしようかなぁ…」
「いいじゃん、一緒に行こうよ。俺、奢るしさ」
「でも今日はぁ…
——あ!原田さん」

相澤さんの元に戻ると男性社員に言い寄られているようだった。

どうにも近づきづらい。

どうしたものか、と思案していると彼女が私に気づいてくれた。

ちょこちょこ、と駆け寄ってくる。

親鳥に擦り寄る雛鳥みたいだ。

「行こ」
『え、いいんですか?
私は別日でも…』
「先約は原田さんだからいいの!
じゃ、そぉゆうことで!」
「え…ちょ……ま…」

相澤さんは私の腕を強引に引っ張って、オフィスを出ていく。

連れ去られながらも私は振られた彼にぺこり、と会釈する。

名前もわらぬ、別部署の彼に同情してしまう。

彼女は男性にチヤホヤされるのは好きだが、その誘いに乗ったところを見たことがない。

満更でもない態度でその仕打ちは魔性の女過ぎる。

『よかったんですか?あの人…』
「いいのいいの。
あの人しつこいんだよね…」
『相澤さんて取り巻きの人に好きな人でもいるんですか?』
「んー?
いないよ。なんで?」
『いつもお誘いをのらりくらりと断ってるから好きな人でもいるのかと…』
「いないいない。
私、社内の人と恋愛する気ないもん」

意外だった。

私は誰か狙っている人がいてああいう、女性に嫌われるような態度をとっているのとばかり思っていた。

だが、そうではないよう。