離した手の温もり

『あ、如月さん。おはようございます』
「おはようございまぁす!」
「おはよう。
喋ってないで手動かせよー?」
『あ…はい。すみません』
「困ったらなんでもいいから俺に聞けよ?千葉さんにばっか聞いてないで。
一応、俺が上司だからな」
『う……はい』

バレてる。

自分のデスクに戻っていく如月の背中を見送りながら私は苦笑した。

つい話しやすい千葉さんや相澤さんに不明な点は聞いてしまう。

彼が男性というのが足枷になっている。

「ねぇねぇ」
『?
なんですか?』

如月さんが去った後、相澤さんが耳打ちしてきた。

ふわっとフローラル系の香水の匂いが鼻を擽る。

「如月さんってさぁ…
原田さんのことお気に入りだよね。好きなのかなぁ?」 
『はい?
なんでそうなるんですか…』
「えー、だって如月さんがあんな風に気にかけるとこ見たことないよ?
あの人、基本放任主義だし」
『多分顔見知りだから気にかけてくれてるんだと思いますよ』
「え、前から知ってたの?」
『舗にいた時、何度かお世話になったことがあって…』

長年店舗スタッフとして働いていると、本社の人間と関わり合いができる。

人員不足の応援や研修、店舗設備の巡回などなど。

如月さんとは店舗の人員不足の際、応援で何度かお世話になったことがある。

全く知らない人が上司よりは話しやすいので如月さんが上司なのはありがたかった。

『そんなことより仕事しましょ。私、定時で帰りたいんですよ』
「じゃあ定時で帰れたら呑み行こうよ。
お洒落なバー、見つけたんだ」
『いいですよ』
「約束だからね?原田さん飲み会いつも逃げるんだから」
『大勢苦手なんですよ』

ようやく相澤さんが仕事ち打ち込み出してくれた。

彼女、仕事は出来るのだがお喋りが過ぎる。

それもあってか女性社員たちからはあまり好かれていない。

上手く使えさえすれば彼女は仕事をそつなくこなしてくれる。

だからだろうか。

私はあまり相澤さんを嫌いにはなれない。


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『…ふぅ…』

日が沈み、空が闇に包まれかけた頃。

仕事の区切りがついて一息ついた。

「終わった?」
『あ、はい。だいたいは』
「やったぁ!呑みに行けるね」

ぱぁあ、と相澤さんの表情が華やいだ。

可愛いなぁ。

彼女が男性にチヤホヤされるのもわかる気がする。

小動物のような守ってあげたくなる存在が男心を擽るのだろう。

思わず笑みが溢れる。

「?
なに?」
『いや…可愛いなぁと思って』
「………
原田さんってさぁ…」
『?』
「女にモテなかった?」
『いや、そんなことないと思いますけど』
「それ、絶対原田さんが気づいてないだけだよ」
『そう…ですか?初めて言われましたけど』
「原田さんが男だったら私、絶対惚れたよ」
『勘弁して下さい。私ノーマルなんで』

私達は会話をしながら帰り支度を始めていた。

周囲を見ると定時で帰る者とまだパソコンに向かって仕事をしている者の割合は半々ぐらい。

如月さんと千葉さんは残業組のよう。