『…ふぁ…』

朝。

通勤ラッシュに揉みくちゃにされ、私はようやく電車を降りた。

まだ慣れない。

本社勤務になってから一週間。

慣れるのはまだまだ先になりそう。

私の名前は原田美愛。

二十八歳。

アパレルブランド〝Blue eye〟の本社に勤めている会社員。

数週間前まで他県の店舗スタッフだったのだが、この春異動が決まった。

元々本社勤務の希望は出していたので文句はないのだが、この朝の通勤ラッシュだけは不満がある。

今まで車通勤だった身からすれば、このギャップに追いつけないのだ。

『……ねむ…』

コンビニでコーヒーを買って、それを口にしながら本社への道を辿った。

都内に戻ってくるのは数年ぶり。

苦々しい思い出が一瞬頭をよぎる。

『………もう三年か…』
「なにが?」
『え…?』

独り言のつもりだった。

だが、何処からか言葉が返ってくる。

振り返れば、見慣れた女性の姿が。

「おはよ」
『あ、おはようございます。
千葉さん』

彼女は千葉 明菜さん。

真っ赤なリップがよく似合うショートヘアの綺麗な女性。

私が店舗スタッフの頃からよく関わり合いがあり、本社勤務になってからは気にかけてくれている優しい人。

話しやすく、よく相談を持ちかけてしまう。

「なにが三年なの?」
『へ?』
「さっき言ってたじゃない」
『ああ……
三年ぶりに帰ってきたなぁ、と』
「あれ、地元こっちなんだっけ?」
『あ、はい。一応』

就職するまでは都内で暮らしていた。

新卒で今の会社に入社し、渋谷の店舗に入店。

何回か異動の辞令はあったが、全て県内。

だが、三年前。

県外の異動辞令が私に下った。

それっきり、都内には帰っていない。

「仕事はどう?慣れた?」
『全然。やることが違いすぎて』
「まだ一週間だもんね」
『毎日、教わってばかりです』
「教えられてるうちが花よ。期待してない子には誰も教えてくれないからね」
『が…頑張ります。ご期待に添えられるように』
「うん、よろしく。困ったらまたいつでも相談してね」
『いつもすみません。千葉も忙しいのに…』
「全然。話聞くのも私の仕事うちだから気にしないで」
『ありがとうございます』

この人はなんでこんなにも優しいのだろう。

嫌な顔一つ見せたことない。

だからかな。

千葉さんの周りにはいつも人がいる。

慕われている証拠だ。

いつかこの人みたいになれたらな、と微かに尊敬の念を抱いている。

彼女には内緒だが。

「さて、今日も頑張りますか!
よろしくね」
『あ、はい!ご指導よろしくお願いします』

話しているうちに本社ビルに辿り着いていた。

空高く聳えるそれは威圧感に溢れている。

出勤するたびにこのビルを見上げてしまう。