「ちょっと! 近づきすぎ!」
背後からリンコの鋭い声が飛ぶ。
「リュミ、下がれ。これは……ただの巣じゃない」
パッロの声は落ち着いていたが、わずかに緊張の色が混じっている。
「こんなものが、村と畑の道に……」
エルドは巣をじっと見つめながら、低く、深くつぶやく。
その声には警戒心だけでなく、どこか言いようのない違和感がにじんでいた。
「人間が通れないようにして、困らせてるのよ。ほんと迷惑!」
リンコが苛立たしげに翼をばたつかせる。
しかし、その言葉もどこか空回りしているように感じられた。
「そうなのかな……」
リュミはぽつりとつぶやいた。
たしかに、蜘蛛の巣は道を完全にふさいでいる。通ろうとすれば、どうしても糸に触れることになるだろう。
だけど、本当にそれだけだろうか?
なぜだか、リュミには違うように思えてならない。
リュミの視線が、巣の奥へと吸い寄せられる。
糸の隙間。その向こうから、なにかがこちらをじっと見ていた。
大きな影――蜘蛛だ。
けれど、ただの蜘蛛ではない。
リュミのことをパクリと丸呑みにしてしまいそうなくらい、大きな個体。全身が漆黒に近い濃紺に覆われ、ところどころに、まるで深い夜を思わせるような光沢がある。



