曲がり角の先から、かすかに声が聞こえる。
応接室の扉が、少しだけ開いている。
中から漏れてくるのは、母の声だった。
「……仕方がないわよ。リュミのためでもあるのよ?」
その口調に、娘を思うやさしさは微塵もなかった。
ただ冷静に、物事を処理するような声。
「《ふわふわ》なんてスキル、使いものになるとは思えないわ。なのに、この家にいれば、それなりの扱いを受ける。それが本人のためになると思う?」
父の声が低く返す。
「だが、森にあるあの家は……」
「ちょうどいいじゃない。親戚筋の名目で引き取らせれば、誰も文句は言わないわ」
(親戚? 森?)
リュミは、足を止めた。体の奥が、じんわりと冷たくなる。
「……あそこは、魔獣の縄張りに近い。子どもひとりでは……」
「もう子どもじゃないわ。貴族としての価値がない以上、リュミには自分の居場所を探してもらわないと」
言葉のひとつひとつが、氷の刃のように胸に刺さっていく。
「このまま屋敷に置いておいても、悪い噂になるだけよ。フォルステア家の無能娘なんて言われたくないわ」
「だが……」
「わたしは現実を見てるの。あなたも目を覚まして。リュミは失敗作だったのよ」



