「ひゃっ……!」

 思わずリュミは身を竦め、パッロにしがみつく。
 強くて大きな背中のぬくもりが、ほんの少しだけ心を落ち着けてくれる。

「大丈夫だ、リュミ。オレがついてる」

 低く落ち着いた声が胸に響く。

「リュミには指一本触れさせない」

 リュミがおそるおそる空を見上げると、そこには赤く巨大な鳥が、旋回しながら谷の上空を舞っていた。
 その姿はまるで血を浴びたかのように赤く、翼は光を反射して、谷底に赤黒い影を落としている。

 風がうなり、リュミの髪が宙に舞い上がる。衣の端がひるがえり、バサバサと騒がしく音を立てる。
 赤い鳥は円を描きながら、鋭い視線を地上に送っていた。明らかに、なにかを狙っている。

「た、たべられちゃう……!」

 リュミがかすれた声でつぶやくと、パッロは迷いなく前に出て、リュミをかばう。

「落ち着け。オレがついてる」

「うん……っ」

 心臓が太鼓のようにドコドコと鳴っている。
 怖い。それでも、パッロの背中が目の前にあることが、リュミの中にほんの小さな勇気の火が(とも)す。

 赤い鳥は、旋回しながら、少しずつ高度を下げてきた。
 翼を広げるたび、谷の壁に赤い光が広がっている。まるで、この空間全体を、その翼で塗り替えてしまうかのよう。
 その目は鋭く光り、まるですべてを見透かすかのようだ。

 風圧が顔に当たり、耳に羽ばたきの音が届く。
 岩の影に映った巨大な影は、まるで炎がうねるように動く。