部屋の中央に、重たそうな鉄の檻がある。
 その中に閉じ込められているのは、一匹の獣。

 毛並みは黒く、ところどころ汚れていて、目は濁っている。
 呼吸も荒く、苦しそうに喉をならしていた。

 でも、リュミにはすぐにわかった。

(この子……魔物じゃない)

 瘴気におかされてはいるけれど、魔物ではない。
 怯えて弱っている、ただの獣。リュミの持つスキル《ふわふわ》では、癒やせない存在。

「この魔物を救いなさい」

 神官のひとりが、リュミの背中を軽く押した。

「女神の御心に従い、あなたの力で救うのです」

 リュミは首を横に振った。

「……できない、です。だって、この子はちがうもん。リュミの《ふわふわ》は、この子には……効かないの」

 神官の表情から、すっと笑みが消えた。
 冷たい空気が、背筋をなぞるように広がっていく。

「……やってみなければわからないでしょう」

 静かに言われたその言葉に、リュミは思わず声を荒げた。

「やったことがあるから言ってるんだもん! リュミ、試したの! この子みたいな子には……効かないの!」

 涙声だった。けれど、必死の訴えだった。
 なのに――神官たちは、誰ひとりとして動じなかった。むしろ、沈んだ空気の中に、いっそう不気味な静けさが満ちていく。