「……やだ。リュミ、もどりたい。森に帰りたいの。みんなのところに……」

 男――神官は、小さく首をかしげた。
 その動作はやわらかいのに、目だけはひどく冷たい。

「君は特別だ。女神に祝福された、選ばれし子。魔物を従える奇跡の存在……そんな力を、ただ森の中だけで使うなんてもったいないと思わないか?」

「リュミ、したがえてなんかない!」

 声が震え、喉が詰まる。

「魔物はね、こわくなんかないよ。みんな、やさしくて、いい子たちなの!」

 神官はゆっくりと立ち上がり、リュミの目の前にしゃがみ込んだ。

「……そのやさしさが罪になることもある。女神の恵みを、一部の者だけが持っていてはいけない。それは、世界の均衡を乱す」

 言葉はやさしい。けれど、まるで刃のようだった。
 笑顔も穏やかで、語りかける声も静かだったのに、その奥にある意志は冷たく、まっすぐだ。

「……リュミの力はね、こわいのをふわふわにするの。なかよくなるの。だから、こわくなんかないんだよ」

「だからこそ、危ういんだ」

 神官は立ち上がり、低くつぶやいた。

「理解されぬまま使えば、いつか秩序を壊す。力は、正しい場所で、正しく管理されなければならない」

 リュミには、その言葉のすべてがよくわからなかった。
 けれど、胸の奥がひどく冷たくなっていくのを感じる。

 神官は黙って座席に戻り、目を閉じて祈りの言葉をつぶやき始めた。