駆け寄ったその瞬間、煙を嗅がされた。
むせかえるほど甘い、濃密なにおい。
意識が一気に遠のき、気づけば闇の中だった。
ふと、足元に感じたかすかな重み。
視線を落とすと、そこに小さな生き物がいた。
「……ムスティ」
ささやくように呼ぶと、小さな体がびくりと動く。
くるんとした丸い目が潤んで、リュミに寄り添ってくる。
ひんやりとした感触。
それが、今ここにあるただひとつの確かなものだった。
(……ムスティがいる。なら、まだ……だいじょうぶ)
対面に座席に、ひとりの男が座っていた。
白い外套に銀糸の刺繍。見覚えのある神殿の紋章。
「目が覚めたか。体は痛まないかね?」
声は穏やか。
けれど、その目は少しも笑っていない。
リュミは体を強張らせながら、掠れた声を絞り出す。
「……ここ、どこ?」
「王都へ向かっているよ。君の力を正しく導くためにね」
ぞくりと、背筋が冷たくなる。



