ほんの一瞬。
 内側で、ざらりとなにかが音を立てた。

 空気が変わったわけじゃない。
 音が聞こえたわけでも、誰かの叫びが届いたわけでもない。なのに――。

 心臓がひとつ、打ち損ねたような感覚。
 胸の奥に、ひやりとしたなにかが触れた気がした。

 エルドは眉間にしわを寄せる。

「……待て」

 村長が言葉を止め、首をかしげる。

 その動きも目に入らないまま、エルドは耳を澄ませた。
 風の音、木々のざわめき。そして……遠くで止んだ鳥の鳴き声。

 なにかが、おかしい。

「リュミは今、村にいるはずだ」

 けれど、その言葉を口にした瞬間、胸の奥にじわりと、嫌な予感が広がっていった。

「……リュミに、なにかが起きた」

 その直感に突き動かされるように、エルドは立ち上がっていた。
 村長の呼び止める声も背に受けたまま、風のように戸口を飛び出す。

 目指すは、森の入り口。
 胸の中で、ただひとつの名前を、強く――強く呼びながら。

(リュミ)