足元には、パッロが寄り添っている。
 黙ったままリュミの手のひらに鼻先を押し当てて、あたたかい鼓動を伝えてくる。
 そのやさしいぬくもりが、リュミの呼吸を少しだけ落ち着かせてくれた。

 やがて、火のゆらめきをじっと見つめていたエルドが、ゆっくりと口を開いた。

「……ワシが、あの古龍を最初に見たのは、十年以上も前のことだ」

 その声は低く、重たく、部屋の空気を揺らした。
 みんなが自然と耳を傾ける。誰ひとりとして、その言葉を遮ろうとはしなかった。

「森の奥に、異様なほど静かな場所があった。鳥の声もせず、風の音もなく……まるで時間さえ止まっているようだった。獣たちも、どこか怯えたように息をひそめていてな……。そこで、ワシは見た。巨大な影を。まるで山が生きていて、呼吸しているみたいだった」

 炎の光が、エルドの横顔を照らす。
 その顔は、いつもよりずっと険しく、そしてどこか苦しげだった。

「そのとき、わかったのだ。あの古龍の寿命が近づいていると。だから……願っていた。せめて静かに、安らかに眠ってほしいとな」

 エルドの声が、そこでいったん途切れた。
 じっと薪を見つめる彼の瞳に、火の光が映る。

 ぱちり、と薪がはぜる音がした。
 静寂の中で、その音だけが浮かび上がるように響く。

「だが……それは、どうやら叶わぬ望みだったらしい」

 エルドの唇がかすかに震え、その拳は膝の上で固く握られている。

「……リュミ。魔物というのはな、瘴気というものを糧にして生きている。強くなるにはそれが欠かせん。だが……瘴気は毒でもあるんだ」