逃げなきゃ、と思った。けれど、足が動かない。
 恐怖が全身を縛って、呼吸すらままならなくなる。

 ドンッ。

 足音が、もうすぐそこまできている。
 大きく、重く、たしかな存在感。

 リュミは、無意識に後ずさった。
 だが、限界を超えていた足は、もう彼女の体を支えきれない。

「きゃっ!」

 足がもつれ、木の根に引っかかって、泥の中に倒れ込む。
 手もつかず、顔を打った。

「い、いや……!」

 泥まみれのまま、震える。
 涙がにじみ、喉が詰まり、叫びたくても声にならない。

 そして──ついに、それは姿を現した。

 木々をかき分けて現れたのは、見たこともない巨大な獣だった。
 その体は白銀に輝き、まるで雪をまとったような毛並みをしている。
 そこに浮かぶように広がるのは、青白い紋様。光を受けて淡く揺れるそれは、不気味なほど美しい。

 牙は鋭く、爪は地面をえぐり、赤く光る瞳はまるで血のよう。
 その姿はまさに異形である。

「……!」