ようやく絞り出した声は、小さく、掠れていた。
 声になっていないような声。唇は乾き、舌がうまく回らない。

 エルドは炎を見つめたまま頷いた。

「ああ。だいぶ前から気づいていた。だが……人がどうこうできる存在じゃない。だから、見守るしかなかった」

 エルドの声には、これまでに聞いたことのないほどの重さがあった。
 彼の言葉ひとつひとつが、葛藤の重さを語っている。
 誰にも打ち明けられず、ひとりで背負い続けた決断の苦しみが、その沈黙の間ににじみ出ている。

 暖炉の炎が揺らめき、ぱちりと音を立てた。
 炎が、エルドの横顔を淡く照らし出す。その顔には、迷いと悔恨がはっきりと刻まれていた。

「古龍は寿命を迎えようとしている。本来なら、森の奥で静かに最期を迎えるはずだった。だが……そうはならなかった」

 沈黙が再び訪れる。
 ただの間とは言えない、重さをもった沈黙。
 その中に、言葉よりも多くのものが込められている気がした。

 リュミは無意識に、そばにいたパッロの背中に手を添えた。
 やわらかな毛の奥から、かすかな震えが伝わってくる。

 天吼の白獣――そう呼ばれ、人々から怖れられていたパッロでさえ、怯えている。
 鋭い牙と俊敏な動きで、どんな魔物も退けてきたあのパッロが、今は身を縮こませ、じっと耐えている。

 それほどまでに、事態は悪いのだ。ただの危険では済まされない。
 言葉にならないほどの、圧倒的な恐怖。それが、森に染みわたっている。

「彼は苦しんでいる。力を制御しきれず、森全体を揺るがすほどの叫びを上げている。蜘蛛の魔物……ムスティが村の近くに来たのも、その影響だろう」

 リュミは息を呑んだ。
 まるで名前を呼ばれるのを待っていたかのように、ムスティが天井からするすると降りてくる。
 糸をつたってゆっくりと、小さな体をぷらんと揺らしながら。まるで「そうだよ」と頷いているようだった。