ただ静かに、背を向けて歩き出す。
 もうどこにも居場所がないのなら──この家に未練は、ない。

 夕暮れの光が、廊下の窓から差し込んでいる。
 金と紅が混ざった空が、妙に鮮やかで、胸がぎゅっと締めつけられる。

 屋敷の奥へ、階段を下りて、裏口へと向かう。
 小さな背中に、向けられる視線はない。

 部屋に戻って荷物をまとめる気力なんて、もうなかった。
 というか、《ふわふわ》に持っていくべき荷物なんてあったのだろうか。

 裏口の扉を開けると、風が吹いた。
 なぜだか、背中を押されたような気がする。

 ──ここには、おまえの居場所はない。

 誰かが言ったわけではない。
 でもたしかに、そう告げられたように思う。

 庭を抜け、森の方へと歩き出す。
 どこかに、自分の居場所があることを願って。

(さようなら。お父さま、お母さま、お兄さま)

 もう、リュミは戻らない。