「初めてお酒飲んだ時さ、
君、すぐに寝ちゃって」
「え? 俺は寝てないよ。寝たのは君だろ」
「えーっ、違うよ。寝たのは君だよ!!」

スマートフォンで低く流すラブソングのバラード。高校時代にいっしょにいっぱい聴いたなぁ。
君は豊かな長い黒髪をクリアピンクのヘアクリップでひとつにまとめ、お気に入りのグレーがかったピンクの部屋着を着ている。シンプルなデザインの。ビールのクリーム色の缶を右手に。350ミリリットル。あんまり減ってなさそう。
(すっぴん可愛いな。唇だけ色つきリップかな。ほんのり赤いの可愛い)

「お惣菜出そう」
「私も行く。
あ、これ、私の好きなツナとアボカドのサラダだ!!」
「うん。君が好きだって言ってたからね。買っといた。アイスもあるよ」
「えーっ!! 惚れなおす!!」

ニコニコしながら俺の左腕に両腕をからめる君。職場ではクール女子なんだって? 本当かな?
(なかなか手をつなげなかったの、なつかしいなぁ)
君は覚えているかな。蝉時雨。遠雷。焼けたアスファルトから立ち上るかげろう。ふたりの影。じっとりとした空気。濃くて暗い赤をした西の空にねずみ色の入道雲がかかっていた。

「初めて手をつないだのは6月だよ」
「え?」
「梅雨だったよ。雨バシャバシャ降ってて寒くてさぁ。
君の左手が熱かった」
嬉しかった、と君は頬を桃色に染めて柔らかく微笑んだ。