「やあ、フィオナ」

登院早々、爽やかな声を掛けられた。正面から軽快な足取りで歩いてくるのは昨日の彼だ。

「朝から君に会えるなんて、僕は運が良い。昨日、うっかりして何の約束もせずに別れてしまったから後悔していたんだ」

約束するどころか、フィオナは逃げる様にしてあの場を後にしたのだから当たり前だ。だが彼はその事を別段気に留める素振りはないが、フィオナの方はそうはいかない。気まずさを感じる。……朝から運が悪い。

「フィオナは昼休みは何処で食べているの?」

「え……あの、お昼休みは図書室に……」

いきなり予想外の事を聞かれて、つい馬鹿正直に答えてしまった……。

「そうなんだ、分かった。じゃあ、お昼休みに図書室で待ってるね」

「あ、あのっ……」

ヴィレームはフィオナの返事を待たずに踵を返すと、さっさと行ってしまった。


どうしよう……。

午前の授業中、フィオナはずっと頭を悩ませていた。この授業が終われば昼休みになってしまう。行くべきか行かないべきか……。そもそも一方的に約束を押し付けられただけだ。行く義務も義理もない。そうこう考えている内に午前の終業を告げる鐘が鳴った。


「……」

来て、しまった……。
別に彼に会いに来た訳ではない。何時もの癖で、気が付けば足は図書室に向かっていた。ただそれだけだ。それに他に行く場所もないし……と色々と言い訳を並べながら、フィオナは図書室の扉を開いた。

「フィオナ、良かった。遅いから来てくれないのかと思って……」

眉根を寄せ、苦笑するヴィレーム。フィオナが中へ入った時には既に立ち上がっていた。多分中々来ないフィオナに痺れを切らして、諦めて戻ろうとしたのだろう。

「迎えに行こうかと思った所だったんだ」

と思ったら違いました……寧ろ逆でした……。

「でも、良く考えたら君のクラスや学年を知らない事に気付いて、困り果てていたんだ。莫迦だよね」

そう言って軽く笑う。
フィオナはヴィレームに促されるまま、椅子に座った。

「フィオナは、何時も昼食は食べないの?」

「え、あ……はい」

「お腹空かない?」

彼の意図が分からない。分かっていて聞いてくるのか、それとも本当に悪気がなく聞いているのか……ヴィレームから向けられる笑顔からは悪意は感じられない。だが……。

「僕の顔に何か付いてる?そんなに見つめられると、流石に照れちゃうな」

「⁉︎」

一瞬フィオナはビクリと身体を揺らした。どうやらヴィレームの真意を探ろうと集中し過ぎて、無意識に彼を凝視してしまっていたようだ。

「申し訳ありません、私失礼な事を……」

慌てて謝るが、だがそこでフィオナは言葉を止める。そして改めて彼を見遣ると、目が合った。やはりだ。フィオナは仮面をつけていて、例えば誰かを穴が開く程凝視したとしても気付かれる事などない。その理由は、誰もフィオナの仮面の小さな隙間から覗いている目など見ていないからだ。


「君の瞳、綺麗だねぇ……吸い込まれそうだ」

恍惚とした様子で見つめられ、フィオナの方が恥ずかしくなってしまい、心なしか顔が熱く感じる。昨日彼と出会った時に言った『こんなに美しい人』とはもしかしたら、瞳の事だったのか……。まさか彼は……瞳フェチ⁉︎

フィオナは未だウットリとしながら、こちらを見遣るヴィレームに仮面の下の顔が引き攣るのを感じた。