「澄羽~」

わたしは、ピロティを通った友達―結城澄羽(ゆうきすみは)の肩を軽くたたいた。

「碧依!」

顔を上げた彼女がふんわりと柔らかい笑みを浮かべる。

「部活お疲れ様。トランペットめっちゃ聞こえてたよ」

「えー恥ずかしい。セカンドなのに課題曲音高すぎて出ないんだよねー。縄野さんはサラッと音出してていいなぁ」

思わず愚痴がこぼれてしまったけど、澄羽は何も気にしていないようだった。

「そうだ、来週の理科の授業レクリエーションやるんだって。理科クイズ大会だったと思う。」

「誰情報?」

そう聞くと澄羽は「大庭先生だけど」といった。

彼女は写真部に所属していて、大庭先生が写真部の顧問なので部活の時に教えてもらったのだろう。

「いいないいな、わたしも写真部入ろっかな、吹部やめて」

薄汚れた上靴のつま先をじっと見つめながら、思わずそんなことを口走ってしまった。

その刹那、鋭い視線を感じ、わたしは急いで顔を上げた。

予想通り、わたしに鋭い視線を送っていたのは鍬田部長だった。反射的に目をそらす。

フルートをわざわざ鞄の外に出して持ち歩いている部長の後ろ姿が少し遠くなると、せき止められていた水が勢いよく流れだすように愚痴がこぼれてくる。

「部長もウザイしさー、澄羽と大庭ティーチャーとわたしとで写真部ライフ満喫しよっかなぁ。」

そういいながらわたしは憎たらしいほどつややかな部長のハーフアップをちらりと見やる。

「だって部長さ、パート練の時にいっつも『トランペットそんなんじゃ全然聞こえない!』ってぐちぐち言ってくるの。フルートも大概なのにわたしらだけ言われたら誰だって腹立つよ!わたしはまったり吹奏楽ライフを満喫したいのにー」

部長への怒りを発散するように、わたしの足元に吹き飛ばされてきたほこりを何度も踏もうとしたけど、ほこりはわたしの足から逃げるようにしてふわふわとどこかに行ってしまった。