旧校舎2階にある写真部の部室に何とか楽器を運び終え、私たちは適当な席について休息をとった。

私も荷物を置いた席に座って水筒の中の麦茶をちびちび飲む。

「柚音、お菓子食うなよ」

「塩分タブレットでーす。熱中症対策大事なのでねー」

遥樹くんが柚音に話しかけると、彼女はぼりぼりと塩分タブレットを噛み砕きながらおどけたような調子で返事をした。そんな彼女の振る舞いからは、みじんも『死』なんてものは感じない。

――やっぱり、自殺なんて(たち)の悪い冗談じゃないの?

そんな疑念が顔に出てしまっていたのか、柚音が怪訝(けげん)な表情でこちらを見ていた。

「澄羽っち、なに?あたしの顔になんかついてる?」

「いや、なにも…」

私は柚音から目をそらして、机の上に置いていた一眼レフのボタンやダイヤルを意味もなく指でなぞる。

「まあ、とりあえず写真撮ろうか」

少し気まずくなってしまった空気を断ち切るように、遥樹くんがそう言い放つ。

「えっと、まずは…」

私が教室の窓を開けると、薄いクリーム色のカーテンがぬるい風を受けてふわりとなびいた。いい感じに風が吹いている。

その間に柚音と遥樹くんは楽器を開けて、組み立ててもらっている。

「これどうやって組み立てるんだよ」

「こことここを合わせて…」

柚音はたしか吹奏楽部に所属しているので、楽器のことに関しては一番詳しいはずだ。

「この辺は全部やるし、遥樹はこっち組み立てといて」

てきぱきと指示を出していく柚音の横顔を食い入るように見つめていると、「そんなにみてもあたしの顔は面白くないよ」と苦笑交じりに言われてしまった。

気まずい空気をごまかすように、水色のノートをリュックから取り出して意味もなくリュックの中身を漁っていると、遥樹くんが「準備できたしささっと撮ろうぜ」と言った。

「よーし、がんばるぞー!」

柚音が銀色の細長いパイプのような形の楽器を持った右手を天井へ突き上げる。

「じゃあこれいる?」

教壇に置いた椅子に腰かけた先生がさっき私が見かけたあの謎の黒い棒を柚音に渡す。

「はい。あとA4の紙も何枚かください。できれば後ろが白紙のやつで」

先生が何枚かプリントを柚音に手渡したけど、使いみちがよくわからなかった私は「その紙は何に使うの?」と柚音に問うた。

「なんとなく…楽譜代わり的な?」

吹奏楽部のことは何一つわからないので、セッティングはいったん柚音に任せることにした。

その間に遥樹くんは適当に楽器を選んで、私は一眼レフを立ち上げてノートを確認して撮影の準備をする。

「できたよー」

準備を終えてノートのページをぱらぱらめくって見返していると、柚音がにっと笑ってこちらを向いた。

「これでいい?」

遥樹くんが選んだ楽器は、リコーダーをひと周り大きくしたような黒い楽器だった。

「いいじゃん。澄羽っち、撮って!」

「はーい」

私はファインダーをのぞいてノートを適宜(てきぎ)確認しながら、ちょこちょこ自分が動いて画角を調整した。

「ここはこうで、そうそう…」

ファインダーの先では、柚音が遥樹くんに楽器の持ち方をレクチャーしている。

「あたしたちはいいよー」

私はその場にノートを置いてから、いい感じに風が吹いてカーテンがなびいているタイミングを見極めてボタンに指をかけ、シャッターを切った。

かしゃ、と一眼レフの撮影音が静かな教室に響く。

液晶に映った写真を見返していると、「澄羽っちー、みせて!」と楽器を持ったまま柚音が近づいてきた。

「俺も見たい」と遥樹くんも近づいてきたので、私はカメラを動かして液晶が見えやすい角度に調節した。

「めっちゃ青春って感じだね。」

柚音が私の写真に感想を付けるのを右から左に聞き流しながら、私はノートをぱらぱらとめくって教室で撮る予定の写真を探す。

「あ、えっと、こんな感じの写真撮りたいんだよね」

私はカーテンがなびく教室で談笑する制服姿の男女の絵を見せた。

「へぇ。じゃあ早速撮ろ!楽器片付けて!」

柚音たちが楽器を片付けるのを待っていると、いつの間にか近くにいた先生が「青春だね」とぽつりとつぶやいた。

先生の言葉に返事をしようと口を開いた瞬間、柚音が「準備できたし撮ろうよ!」と窓際の机に飛び乗って私を手招きする。

「机乗るなよ、危ないな」と遥樹くんがあきれたように柚音にそう言って、先生は後ろでほほえましそうに私たちを見ていた。