本校舎と旧校舎をつなぐ渡り廊下に差し掛かった時、私よりも少し遅れてやってきた遥樹くんが私の耳元でこそっと耳打ちした。

「柚音、最近大丈夫?」

「え…?」

私は反射的にあたりを見渡す。張本人である柚音は大きな楽器ケースを持ってのんびり後ろからついてきていた。

彼女の髪が夏のぬるい風に揺れている。

「大丈夫…って、なにが?」

私がそう問うと、遥樹くんは一瞬うつむいた後「あいつ、実は1回自殺未遂を起こしてるんだ。小学校高学年の時だったかな」とぼそっとそうつぶやいた。

「え、はぁっ⁉」

思わず大きな声が出てしまい、険しい表情の遥樹くんに「しっ!」ととがめられた。

「ど、どういうこと?」

「柚音は小学校高学年の時に、電車に飛び込んで自殺しようとした。そのとき通りすがったお兄さんに助けられて今は無事生きてるけど」

私はあくまで自然な風を装って後ろを向く。空を眺めながらのんびりと歩いている彼女の姿と自殺というのはあまりにも結び付かないような気がした。

でも、柚音と知り合ってからの彼女のあの態度――明るいけど、そう見えるように厚い仮面をかぶっているような、どこか危うげな雰囲気を(はら)んだあの態度――の理由が氷解したような気がする。

「だから柚音のことをちゃんと見てて、っていう頼み」

俺1人よりも結城と2人で柚音を見ている方がいいから、と真剣な面持ちで頼まれたので、私は遥樹くんに「わかった」と返事をして、手から滑り落ちそうになったケースを握りなおした。