『無責任!みんなに迷惑かけてるのわからないの⁉』
マウスピースを洗い教室に戻ろうと教室の前の扉に手をかけると、静かな廊下に突然怒号が響き渡った。思わず肩が跳ねる。
それはわたしたちに割り当てられた4組の教室の扉越しに聞こえてくる。
わたしは教室の前の扉にかけた手をそっと外して、回れ右をして後ろの扉からそっと音を立てないように教室に戻った。
「ごめんなさい。でも、もう決めたことなので」
声の主は縄野柚音である。
「じゃあどうするの⁉コンクールまで一ヶ月もないのにあなたは逃げるの⁉」
鍬田部長が縄野柚音の両肩を両手で強くつかむ。
つかまれた縄野柚音は呆然とした表情を浮かべていた。
そして部員たちも理解が追い付かないといわんばかりの表情をしていた。
「麻音、おちついて!」
鍬田部長の隣に座っていたピッコロの坂原あゆ先輩が止めに入るが、部長は坂原先輩を押しのけて縄野柚音にさらに強く迫った。
顧問を呼ぼうとわたしはそっと扉を開けるが、あいにく廊下には誰もいなかった。
「あなたみたいに中途半端な気持ちでコンクールに取り組んでる人がいると部の結束が悪くなるの!もうやる気ないなら帰って、二度と部活に顔を見せないで‼」
怒りが最高潮に達したのだろう。
部長が近くにあった机を蹴り飛ばす。
机に置いていたピンク色の水筒が床に落ち、机の脚にぶつかって耳障りな金属音を立てた。
「わかりました。今まで、お世話になりました」
そう言って縄野柚音は教室の扉の前で一礼し、譜面台と楽器を片付けて教室を出て行ってしまった。
縄野柚音が去った教室にはお通夜よりもひどい、重たい空気が漂っていた。



