澄羽(すみは)さん、コンクールに写真出す?」

「――出し、ます…」



なんであんなことを言ったんだ、私。

せっかくの夏だから、プールか海で青春を満喫してたり花火してたりする人の写真を撮りたいとは思っている。

題材は思い浮かんでいるけど、人に協力してもらわないといけないのをすっかり忘れていた。

過去の自分の発言を呪いながら、私は一眼レフのレンズに息をふーっと吹きかけて、クリーナーをしみ込ませたボロ布で汚れをふき取った。

「大丈夫?疲れてるみたいだけど」

改修で不要になった旧校舎2階の2年生が使っていた教室。夏が近い部室は、エアコンをつけていても効きが悪く、少し暑い。

その教室の前にある教壇に置かれた椅子に腰かけ、顧問の大庭諒(おおばりょう)先生がそう言い放つ。

彼は若くてイケメン(イケメンというのは友達の受け売りだけど)なので、特に女子生徒に人気である。

「あぁ、いやなんでもありません…」

適当にごまかしながらレンズにまた息を吹きかける。

レンズをきれいにするために息を吹きかけたのか、ため息をついたのか自分でもよくわからない。

「何でもないなら別にいい」

そういいながら先生はパソコンを開いてキーボードを打ちはじめた。

かたかたとキーボードの打鍵音と、遠くから小さく聞こえてくる吹奏楽部の演奏が静かな部室に満ちる。

「そうだ、澄羽さん。来週月曜日の…C組はラストだな。授業でレクリエーションをするけど、どっちがたのしいかな。今理科クイズ大会か、化学変化で風船を膨らませるかどっちにするかで迷っているんだ」

白衣に包まれた先生の腕が無造作に投げ出される。

「理科クイズ大会ってどんなのなんですか?」

「澄羽さんにだけ問題を見せるのは不公平だからどんな問題かは内緒だけど、テレビとかでよくある早押しクイズをイメージしてもらえればいいかな。上位3人は消しゴムとボールペンがもらえる」

ジェスチャーを交えながら先生が説明する。

「風船のほうは、重曹とクエン酸を混ぜて化学反応を起こして、風船を膨らませるっていう見返りも何もないレクリエーションだ。」

「私はクイズ大会が楽しくて、いいと思います」

少々緊張しながらも、私は先生にそう言った。

「わかった。ありがとう」

空がわずかに赤みを帯びてきた。

私は椅子から立ち上がり、一眼レフをさっと構えて窓枠の十字架とその奥に映る夕焼けにシャッターを切った。

「うーん…」

急いでシャッターを切ったせいか、ピンボケしていた。

「いい写真撮れたか?」

キャスター付きの臙脂(えんじ)色の椅子を半回転させて、先生が私の一眼レフをのぞき込む。

「いや、急いで撮ったのでピンボケしてます…」

「でもいい写真だろう。」

先生がまたキャスター付きの臙脂色の椅子を半回転させて私に背を向けた。

ちょうどそのタイミングで見計らったように部活終了のチャイムが鳴り響いた。

「ありがとうございました」

部室の端に置いていた黒いスクールバッグを肩にかけて、先生にぺこりと頭を下げた。

「さようならー。気をつけて帰れよ」

ひらひらと先生が手を振ると、その動きに合わせて先生の白衣の袖がひらひらと動く。

私は旧校舎の重い扉にぐっと体重をかけて開けて、外に出た。