○大学のキャンパス 授業前
透子が重い足取りで教室に向かっている。
遠巻きに見ている学生たちが、ひそひそと噂をしている。
学生「あの子じゃない? 元エーテルのハヤトが告ったって」
学生「えー、嘘!地味すぎじゃない?」
学生「ハヤト、アイドル時代に綺麗な女の子見すぎて飽きたんじゃない?」
学生「え、ハヤトってあの?! アイドル辞めて大学生なんだ」
学生「でもこの前ドラマ出てたよね。ちょい役だったけど……」
学生「えー、そうなんだ。引退ってわけじゃないんだね」

○教室
透子、空いている席に座ってため息。
すぐに友人たちが寄ってくる。
友人「透子、すっかり有名人じゃん」
透子「やめてよ〜」
友人「で、元エーテルのハヤトに告られたって本当なの!?」
透子、先日話しかけられたことを思い出す。

隼斗「改めて、南隼斗です。昔はアイドルやってたけど今は大学生。佐倉さんと仲良くなりたいんだ。よろしくね」
隼斗が手を握手の形で差し出す。
それを呆然と見つめていた透子だったが、「ん?」と隼斗に首を傾げられて思わず手を握り返してしまう。
ざわつく教室。
隼斗、満面の笑みで
隼斗「これからよろしく。佐倉さん」
回想終わり。
透子「まさか、そんなわけないじゃん。これからよろしくって言われただけだよ」
友人「えー、そんなことわざわざ言うかなあ」
透子「ノート見せてほしいだけなんじゃない?」
友人「でもアイドル辞めたんだから必要なくない?」
友人「あ、でも芸能活動は続けるんだって。ほら」
友人の一人がスマホでインタビュー記事を見せてくる。
そこには、隼斗の写真と記事が載っており見出しに大きく『これからは俳優として芝居を一から勉強していきたいと思っています』と書かれている。
友人「だからこの前もドラマ出てたんだ〜」
友人「そっか〜。忙しいのかな」
透子「だからノート写したいんだって」

透子が話を終わらせようとした瞬間、当の本人がやってくる。
友人「あ、南くん!」
隼斗「おはよう」
みんなににこやかな笑みを向ける隼斗。
友人「ここ、どうぞ〜」
友人はそう言って透子の隣を指差す。
隼斗「あれ?並んで座ってたんじゃないの?」
友人「私たち、後ろ座るので〜」
そう言って友人たちは一列後ろに座る(隼斗と透子が横並び、その後ろに友人たちという図になる)。

○教室 授業中
教授が喋っていて、みんなノートは取っているものの退屈そう。
隼斗が透子の耳元にこっそり囁くように話しかける。
隼斗「佐倉さん」
突然近づいた隼斗、さらに耳元で喋られて、透子はびくっと肩をすくませ、顔も真っ赤になる。
しかし隼斗は気にせずこそこそと話しかけてくる。
隼斗「佐倉さんって、なんのサークル入ってるの?」
透子「え?」
透子(サークルって……入るつもり?)
透子「私はイベントサークルに入ってるけど……」
季節ごとにBBQしたりクリパしたり学園祭に模擬店出したりする気楽なサークルだ。
隼斗「へえ。俺も入ろっかな」
透子、ぎょっとした顔で隼人を見るが、本人は気にせず、
隼斗「なんか入ってみたいんだけど、知り合いがいないと不安だからさ」
にこっと微笑みかけられ、透子が戸惑っているうちに授業が終わる。
少し離れた席から、二人の様子を爽香が睨むように見つめている。

友人「二人、何話してたの〜?」
友人「仲良さそうだったね〜」
透子「いや大したことでは……」
隼斗「佐倉さんと同じサークル入りたいなと思って、聞いてたんだ」
友人「え!南くんが!?」
隼斗「うん。サークルに興味があって。でも去年までは時間がなかったから。あ、呼び方隼斗でいいよ」
友人「えー、呼び捨てなんて無理だよ!」
隼斗「いやいや、これまで日本中の人に呼び捨てされてたし笑」
友人「そういえばそうかも」
友人たちと盛り上がる隼斗を黙って見ている透子。それに気づいた隼斗はまたこそっと耳元に話しかける。
隼斗「佐倉さんも、そう呼んでね」
透子「いやいや……(無理だよ)」
すると、爽香が近寄ってくる。思わず道を空ける友人たち。
爽香「佐倉さん、今日の飲み会くるでしょう?」
透子「え……」
爽香「まさか、来ないつもり? せっかく入部希望の方がいるなら、来てもらえばいいのに。佐倉さんが来ないなら、私、南くんと一緒に行くけど」
透子「ちょっと、まだ予定がわからなくて」
爽香「ふうん。じゃあ……」
隼斗「へえ、飲み会があるんだ。じゃあ詳しいことは佐倉さんに聞くね」
爽香「……は?」
隼斗「だって佐倉さんも時間とかは知ってるんでしょ?」
透子「う、うん……」
隼斗「じゃあ大丈夫」
友人「そうそう!透子が無理なら私たち連れてくし!」
友人たちが横から助け舟を出す。
※友人は透子と同じサークル。
友人「爽香は心配しないで、彼氏と待ち合わせてきなよ」
爽香、ぎゅっと唇を噛み締めているが、
爽香「わかった。待ってるね、南くん」
そう言い残して立ち去る。
爽香が向かった先には雄馬がいて、透子は深くため息を吐く。
それを複雑な表情で見ている隼斗。

○街中 授業後 居酒屋に向かっている友人たちと透子・隼斗
隼斗、一歩遅れて歩く透子に歩調を合わせて話しかける。
隼斗「ごめん、無理させた?」
透子「え?」
隼斗「飲み会、行く気じゃなかったんでしょ?」
透子「そういうわけじゃ……。南くん、よく見てるね」
隼斗「そのくらいわかるよ」
透子「ちょっと、気まずくて。あ、でも安心して。別に嫌がらせされてるとかそういうんじゃないから。個人的なこと」
隼斗「でも無理するのは――」
透子「大丈夫!気にしないで!」
透子は足を止め、ぴしりと言い放つ。そして強がって笑うと、苦しそうに顔を歪めた隼斗が透子の手首を掴む。
隼斗「気にしないなんて無理だよ。だって――」
透子「失恋したの!」
隼斗「え?」
透子「失恋した相手が同じサークルにいるから、気まずいだけ……」
隼斗、ぽかんとしている。透子は隼斗が掴んだままの手を剥がす。
透子「だから気にしないで。本当に大丈夫」
隼斗「でも……」
透子「いつまでも活動休むわけにはいかないし。いい機会だから」
透子、無理して笑う。隼斗もその顔を見ながら泣きそうな表情になる。
隼斗俯いて呟く※透子には聞こえていない。
隼斗「そっか……いたんだ、好きな人」
透子「え?」
隼斗「ううん。なんでもない。でもじゃあ無理そうだったら言って。途中で抜けて帰ろ」
透子「……うん。ありがとう」
透子、前の二人に追いつくために歩く速度を速める。
その背を見ながら隼斗はまたせつなげに顔を歪ませる。
隼斗「でも俺、諦めないから」